愛というものが本当は何なのか、私には分かりません。一説によると愛とは、すべてのものを一つに繋いでいる意志であると言われます。神は愛であると言われています。地球は愛を学ぶための場所であり、本当に愛を理解している存在は地球上の制限された人間として再び生きることはありません。そのような目覚めた存在はどこか別の場所へ行くのです。私たちは、これからそのような存在になってゆくのです。

究極的な意味の愛ではなくて、恋愛という意味の愛であれば私にも少しは分かります(得意分野ではありませんが)。ですからここでは身近な愛についてお話しします。

愛は、この地球上では性と結び付けずに考えることは出来ません。この三次元世界は相対性の世界であり、根本物質である愛は分極しています。すなわち男性性(意識・精神)と女性性(エネルギー・感情)の二つに分かれます。古来男性がプラスで女性がマイナスと考えられていて、ある意味正しいとは思いますが、これが原因で男性が善、女性が悪とされてしまいました。ブラスが善で、マイナスが悪であるなどという発想はまったくの勘違いであり、根拠はありません。男性性と女性性はもともと一つのものであり、この世界では、男性性すなわち意識と、女性性すなわちエネルギーが組み合わされることによって、あらゆるものが創造されます。男性と女性が組み合わさって子供が生まれますが、これはあらゆることについても同じです。これは父母原理と呼ばれていて、とても重要な理解です。

ところで、もっと高次元の世界、いわゆる天使の世界では、愛が分極していないので、私たちが理解するところの計測可能な時間と空間がなく、創造は瞬時に起こります。また体の性別もありません。精神と感情が分かれておらず、「私/あなた」とか「あれ/これ」といった相対性の中でものごとを理解することがありません。すべてが一つに繋がっているのです。そのような存在状態というのを私たちが想像することは出来ません。余りにも私たちの世界とは違うので、人間の脳では理解できないのです。同じように、一度も人間になったことがない天使は、意外かも知れませんが私たちのことを理解していません。少なくとも、深い理解はないのです。

私たちは、体の性別を持っているし、心の性別も持っています。ここで基本的な知識をおさらいしておきましょう。肉体としては、私たちは基本的に男性か女性かに分かれます。また半陰陽(インターセックス)という男性でも女性でもないという状態で生まれて来る人もいます。いずれにせよ、誰でも性の側面は持っています。心の性別は、自分を男性と思っているか女性と思っているかの「性自認 (gender identity) 」と、性的に男性が好きか女性が好きかという「性的指向 (sexual orientation) 」の二つの側面から捉えることが出来ます。性自認については、男性、女性、男性でも女性でもない、男性でも女性でもある、どちらかと言えば男性、どちらかと言えば女性などいろいろあります。性的指向については、(性的に)男性が好き、女性が好き、男性も女性も好き、男性にも女性にも性的欲求を持たない(アセクシャルと言います)、どちらかと言えば男性が好き、どちらかと言えば女性が好きなどこれもいろいろあります。例えば、体は男性で、性自認はどちらかと言えば女性、性的指向は男性が好きというAさんがいたとします。Aさんが普通に男性の格好をしていたとしたら、今の日本社会ではゲイとか同性愛者という風に呼ばれることでしょう。しかし、性自認は「どちらかと言えば女性」なのですからAさんにとって男性が好きなのは「異性愛」ということになります。また例えば体は女性で、性自認は男性、性的指向は男性が好きというBさんがいたとします。Bさんの場合、女性の格好をして男性と交際したとすると日本社会的には「ストレート」な女性という風に見られますが、実際には「同性愛」ということなのです。体の性と性自認が異なる場合、性自認を変えることは難しい(実際的に不可能と思われます)ので、医学的に体の性を性自認に合わせる処置(性転換手術)が必要になる場合もあります。このように性はバラエティに富んだものであり、一人一人まったく個性的なものであると言えるでしょう。今やストレート、レズビアン、ゲイ、バイセクシャルといった言葉は、性の多様性を反映するには正確さを欠いた用語ではないかと私は思います。そして最も大事なポイントは、私たちは性の多様性を受け容れる必要があるということです。人としての尊厳が守られる限り、私たちは性的に何を表現しても良いのです。

心の性別について、これほどの多様性が存在する理由は、体の性別に関わらず、すべての人が男性性と女性性の両方を持っている為です。私たちの文化では、このことについての理解がないため、男は男らしく、女は女らしくなどと言って、「標準」に当て嵌まらない人たちをさっさと排除してしまっています。あるいは(無意識的であれ)差別しています。これが文化の歪みであり、私たち自身を窒息させるものであることにも気付かずに・・・抑圧された性ほど厄介な問題はないのです。

誤解の無いようにしなければいけませんが、私は体が男性の人が男性らしく、体が女性の人が女性らしくなるのがいけないとか、みんな中性的になるべきだとか考えている訳ではありません。むしろ男らしさ、女らしさを長所として伸ばすのは、社会に活力を吹き込む上で有益なことであると考えます。しかし誰もが男性性と女性性の両方を持ち合わせており、両者はバランスするということを忘れてはなりません。男性と女性が対立するようなことになってはいけません。男性性と女性性のバランスが取れていない社会が長く繁栄することはありません。長い間アンバランスな状態でいると、どんなものでも崩壊してしまいます。

さまざまな理由から、体の性と心の性が一致しない人は数多くいます。より大きな視点に立つと、私たちは生まれて来る前に、血統(両親)と性別を自分で選んでいます。しかし、三次元の世界には不確定な要素があるので(そうです、事前にすべて決まっている訳ではありません)、妊娠中の不慮の事故により性別が入れ替わったり、不完全な状態(半陰陽)になってしまう場合があり得ます。この場合、魂が選んだ性別と実際の体の性別が違うので、非常に違和感を感じてしまうようです。また、一刻も早く地上に戻りたい一心で、どんな体でもいいからということで生まれて来たものの、魂の傾向と目的からすれば適切とは言えない性別に生まれて来ている場合もあります。つまり魂の目的からすると女性に生まれた方が望ましかったけれども、たまたま男性に生まれついたというようなことがあります。また別の例として、意図的に魂の傾向とは合わない性を選択する場合があります。男性面を主に探究して来た魂が、もう一方の性を理解する目的で女性に生まれて来ていて、性的指向は女性が好きというようなことがあります。また育つ環境が性的指向に影響する場合もあります。例えば、ある男性が、父親があまりに厳格であることが誘因となって、男性性を表現することを非常に怖れるようになり、性自認が曖昧になって来て、性的指向が男性に向くようになるということがあり得ます。しかしこれは内面(魂)にもともと男性性への怖れがあり、それが外側に反映されたものであって、性的指向はその男性が問題の解決策として選んだということです。その男性は他の男性とパートナーシップを持つことで男性性への怖れを克服しようとするかも知れません。このように体の性と心の性が一致しない理由は個別のものであって、一概に言うことは出来ません。もっと別の理由も多数存在すると思います。しかし確実に言えるのは、どれも間違いではないということです。人類の歴史上このようなケースはずっと存在し続けていたのです。

さて、セクシャリティで最も重要なことは、私たちはセクシャリティを表現する必要があるということです。もしあなたが、セクシャリティを表現することを怖れ、男性でも女性でもないように感じているならば、それはこの三次元の世界において物質的な焦点を失っており、あなたの生命力が弱くなっていることを示唆しています。あるいはセクシャリティを抑圧すると、生命力が滞って病気になったり、精神に異常をきたす場合すらあります。とても危険なことです。男性性と女性性の統合が、この三次元で物理的に創造を行うための原理です。セクシャリティは創造的表現のために大切に扱われるべきものです。あなたのセクシャリティがどのようであっても、それがあなたの創造の力なのです。あなたの性的な自己を信頼してください。性的な自己に自尊心を持つことは重要です。あなたのセクシャリティがどのようであっても、それを大切にし、自尊心を持つことは出来るはずです。誰か他の人と比べることで成り立つプライドのことではありません。あなたのセクシャリティを他人と比較して悪く思ったり絶対にしないでください。あなたのセクシャリティは個性的なものです。あなたのセクシャリティに自尊心を持ってください。たとえ社会があなたを偏見の眼差しで見ようとも。

ところで一般に、性欲は愛ではありません。性欲は二人の人を結び付ける磁力という意味で、愛の一局面と考えることもできます。しかしその力は物質的なものであって、ほぼ自動的に起こるものです。私は一応男なので男性の観点から言いますが、誰かを見て、やりたくなり、関係を持つ時、相手の肉体に魅力を感じているわけです。「君は僕を興奮させてくれる。君の体が大好きだ。君とのセックスは素晴らしい。君ともっとやりたい。僕は君を愛している。」本当にそうですか? あなたはパートナーを信頼していますか、それともパートナーはただのセックスの対象であり、それ意外の部分を「我慢している」だけなのでしょうか。もしその関係によって相手を傷付けたり、自分が傷付いたりするならば、それは愛に基づいた関係ではなく、単に肉体中心の関係だということです。なぜなら愛は与えることであり、与えること自体が報酬であり、相手に見返りを求めないものだからです。この文化ではしばしば理解が混乱していますが、愛は誰かを傷付けるような諸刃の剣ではありません。愛は統合する力です。

再び誤解の無いようにしなければいけませんが、性欲は悪いものではありません。子供を作るのに必要ですし、セックスは素晴らしいものです。しかしセクシャリティはセックスに限定されるものではありません。特に男性の性欲は、なかなか激しいものであることは承知していますが、セックスによってのみ満たすことが出来るという訳ではない、ということを学ぶ必要があります。性のエネルギーはどんな方法にでも使うことが出来ます。激しい性欲を感じているようなとき、単に胸の中心に意識を集中して深呼吸してみてください。すると、胸までエネルギーが上がり、性的に発散させる必要が無くなります。意志があれば簡単に出来るので、試してみてください。別に性的に発散させても良いのですが、単に強い性欲を感じているようなときは、盛り場で相手を探さないで一人で「対処」するのが良いと思います。性欲にまかせて誰かとセックスしたり、外に向けて性的な表現をすると、ご存じの通り問題が起こりがちだからです。性的な自己をマスターすることは、誰にとっても重要な課題です。

魅力的な他人とはどんな存在でしょうか? 性とは関係のない愛もあります。小さい子供は性のエネルギーに関わりなく人を愛することが出来ます。それと同じように、大人でも完全に内なる男性性と女性性のバランスが取れていると、性に関わりなく愛することが出来ます。そのような人は体の性別に関わらずまったく性欲を持たず、パートナーを望むこともないかも知れません。ある意味子供のように無邪気になれるのです。このような状態こそが、個人として最も創造の力を発揮できる状態であり、そうなることが私たちの目標地点です。このとき、男性性と女性性の両方を創造的に表現し、性自認は男性でもあり女性でもあると感じるようになり、真の自己だけを愛するようになります。真の自己の中では、魅力的な他人は存在しません。その代わりに、すべての人を等しく愛するようになります。

そう言ってしまうと、ロマンチックでも現実的でもないかも知れないので、身近な話に戻りましょう。魅力的な他人は、大きく分けて二種類あると思います。一つは、共通の信念で固く結ばれた友人。もう一つは、あなたの最高の姿を鏡として映し出してくれる恋人またはパートナー。前者は、人生の幾つかの場面で、必要があれば出会うことになるでしょう。これには霊的な教師も含まれます。この話の結びとして、後者の性的な結び付きを伴う関係を取り上げましょう。

どうすれば、理想とすべき恋人やパートナーを自分の人生に引き寄せることが出来るのでしょうか? あるいはどうすれば、現在のパートナーシップをより豊かにして行くことが出来るのでしょうか? 「愛の星 友の会」としての見解は、シンプルにして置きたいと思います。第一に、今の自分のセクシャリティをありのままに受け容れるということです。意識的に、男性性と女性性を調和させようと努力する必要はありません。私たちの魂のほとんどは、既に女性にも男性にも生まれたことがあります。今のあなたのセクシャリティは、この人生のために選ばれたものなので、無理矢理変えようとしてはいけません。外に出て何かを変える必要もありません。「セクシャリティに取り組むためには、読むべき本が沢山あるわ。セミナーにも出なきゃ。もっと魅力的に見えるように服を買いに行きましょう。お化粧もバッチリ決めたいし、高級な香水をつけた方がいいかもね。フィットネスクラブに通って、体重を落とす必要があるわ。それにあれも、これもして。」そういうアプローチも良いですが、まずはありのままのあなたを受け容れることが絶対に必要です。良いも悪いもありません。そして他の人のセクシャリティに偏見を持たないことが同じように大切です。もし他の人を価値判断したり避難すると、それがあなた自身の創造性の足かせとなってしまうからです。

さて一旦自分のセクシャリティをありのままに受け容れることが出来たら、次に、恋人やパートナーを人生に招き入れる、または現在のパートナーシップをより良いものにすることを「選択」します。ただそう決心すれば良いだけです。選択しますか? もしここで、「でも、そうするためにはもっと痩せなきゃ」とか、自分を変えようと思うようであったら、まだあなた自身を信頼し切れていないのかも知れません。本当に、あなたは今のままで良いのですよ! すべてはあなたから始まるのです。もしあなたが、一生懸命外側を探し始めたりしたら、何も始まらないか、関係は不満足な結果に終わってしまうでしょう。この時点では、何も変えようとしないことが重要です。そうする代わりに、選択してください。あなたはパートナーに、ありのままの自分を受け容れて欲しいと望むのではありませんか? もしそうなら、あなたがあなた自身を受け容れることから始めてください。すると実現のプロセスが開始されます。それだけなのです。どのように実現して行くのかは、あなたの「真の自己」が面倒を看てくれますので、心配しなくても大丈夫です。あなたがあなたらしさを受け容れ、バランスの状態にいると、同じようにバランスの取れたパートナーが現れて、ワクワクするような創造的な関係を享受することが出来るでしょう。一方あなたが自分自身に不足を感じていたら、パートナーも同じように感じていて、お互いに足りないものを奪い合うような関係に陥ってしまうかも知れません。既にパートナーがいる人にとっては、関係は良い方に変化して行くことになるでしょう。

あなたの人生を向上させる必要はない、と言っている訳ではありません。あなたが持っている男性らしさ、女性らしさの中で長所と感じられる部分を伸ばしたり、新たな才能を発掘し、発達させるのはとても良いことだと思います。でも、それはあなた自身に捧げられるべきことです。あなたのパートナーの為や、恋人を作る為にそうするべきではありません。それがあなた自身の為でないのなら、「私はまだまだダメだ。もっと頑張らなくては」というメッセージをあなた自身に送り続けることになってしまいます。この方法では、どこへも辿り着くことは出来ません。私たちが自分自身を向上させるのは、常に喜びの体験であるはずです。

パートナーを見付けたり、パートナーを喜ばせるためには、セクシーにならなくてはいけないと考えていますか? 私は過度に刺激を追い求めない方が良いと思っています。性的な魅力は、強力な磁石のようなものです。どちらかの極に片寄っていて、アンバランスなのです。あなたの体を欲しがる沢山の恋人を引き寄せて一時は楽しいでしょうが、磁石ですからガッチリくっ付いてしまって離れられなくなってしまいます。セクシーさを重視したある意味アンバランスな状態で誰かと関係を持つと、お互いに依存するようになりがちです。お互いを補い合うような創造的な関係ではなくて、相手なしではいられないような状態に陥ってしまうのです。そしてあらゆる難しい問題の渦中に巻き込まれて、そこから抜け出すにはインドの僧院にでも逃げ込むしかないという羽目になってしまいます(冗談です)。それに巷で噂される「最高のセックス」などというものは、素晴らしいパートナーシップが与えてくれるものと比べれば、それほど良いものでもないのです。

さて最後に、最高のパートナーシップに何が期待できるのかについてお話ししましょう。あなたの現在の体と人格は、物質的には、脳の一部である下垂体や松果体から分泌されるホルモンによって恒常性(ホメオスタシス)が維持されています。この身体の中から見ると、人格さえも含めてこの「ホルモンカクテル」の配合があなたという存在なのです! このホルモンカクテルは全身の細胞に流される「指令」で、それによってあなたの身体が同じように再生され続けます。病気の状態も再生され続けます。このカクテルの配合を変えることが出来れば、病気を治したりも出来るはずです。女性ホルモンや男性ホルモンを外部から注射すると、性格まで変わることから推察されるように、あなたの人格が一定しているのも、あなたの特定のカクテルの配合のお陰なのです。もちろんホルモンカクテルはあなたの魂の物質的な反映です。最高のパートナーシップは私たちのホルモンカクテルを変容させるのを手助けします。

私たちが一つのパートナーシップを育み続け、お互いを真に受け容れ、愛によって自己を拡大すると、古来「クンダリーニ」と呼ばれて来た創造の力が、尾てい骨から背骨を通って胸まで上がって来ます。クンダリーニは尾てい骨に渦を巻いて存在していますが、「愛の星 友の会」では敢えて詳しくは触れません。二人の人が愛し合うと(セックスをすると)、自然と上に登って来るのです。胸まで上がって来るには、二人の間に深い信頼関係が無ければ出来ないので、基本的には長く関係を維持し、愛の中でお互いを探究しようと努めているパートナー同士であることが必須条件です。クンダリーニが胸まで上がって来た時点で、二人は愛が体を超越するものであることを理解します。二人はお互いの精神に深く触れ合うようになるのです。そして最終的に、クンダリーニが背骨を上昇して下垂体と松果体に達した時、ある意味ホルモンカクテルが莫大なエネルギーによって「真っ白」な状態になり、変容が起きるのです。この状態で、二人は完全な統合とエクスタシーを体験すると言われています。そして、その時にホルモンカクテルの配合を完全なかたちで変えることが可能になるのです。体を完全に健康にしたり、覚醒と呼ばれるところまで意識を拡大することが出来ると言われています。これは本当に祝福された体験ではないでしょうか。みなさんの旅が祝福に満ちたものでありますように。

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