神をどう定義しているかということが、私たちの幸せへの道のりの途上で、避けては通れない問題になって来ます。「そうですねえ、神についてなんて、考えたこともありません」という人も、深く考えてみれば、神について何らかの概念を持っています。神の概念は、あらゆる信念の大元であり、実は私たちの人生を左右する重要要素なのです。ですからそのことについてお話ししようと思います。「愛の星 友の会」では便宜上、神についての態度を五種類に分類してみました。

無神論者。「信じる信じないの問題ではありません。神なんていません」という態度です。超常的な力や不可解な迷信よりも、現実に影響を持つ力を信仰しています。例えば、お金や権力などです。愛についても、目に見えないので、存在しないか、人間の性的な本能であると定義しています。それだけに、物質的な富を築き上げる能力には長けています。潜在的に罪の意識が強く、内心神に裁かれるのではないかと恐れているので、表面的には神の存在を否定しているケースもあり得ます。

二元論者。神と悪魔の存在を信じています。すべての現象を光と闇、善と悪の戦いとして理解します。善と悪の力は常に拮抗しており、自分はどちらの側に付いているのだろうかと自問自答します。人間社会の至る所で二元性のドラマが繰り広げられているので、それを神の世界にも投影します。神話の神や自然神など、個性的な神々が多数登場します。

一元論者。存在するものすべてが神であり、愛であると信じています。あるいは神は絶対的な法則であると考えます。自分が神から分離した存在であると考える知性(自我またはエゴ)が唯一の敵であり、そのような知性を悪またはルシファーと呼び抵抗します。スピリチュアルな知識を積極的に学び理解しています。

崇拝者。教典に記されている神の定義を信じています。神について詮索することは、信仰に対する冒涜であると考えています。神への信仰から心の平安を得ています。理想を体現している人を神になぞらえて崇拝するケースもあります。

神は概念ではなく体験だと知っている人。神についての一般的な概念を疑っています。神について個人的に探究し、秘かに神を愛しています。神は豊かであり、すべてを可能にしてくれると知っています。

この五つの分類は、どれも真実です。どれにも当て嵌まらない概念もあるかも知れません。それもまた真実です。

どのような態度を選ぶかは、私たちの自由であり責任なのです。それによって私たちがどのように人生を経験するかが決まります。

しかし、人生が苦境に陥ると、多くの人は、神の概念は非常に脆いものであることに気づきます。「やっぱり、神なんていないんだ」という結論に簡単に導かれてしまいます。あるいは、再考を促されることになります。スピリチュアルな旅に熱心な人ほど、他人の苦境を目にする度に、「神よ、なぜですか?」という切実な思いに駆られます。結局、それでも神を探究し続けられるのは心の強い人だけです。あらゆる経験を通して、自己の中に揺るぎない神の概念を確立することができたのが、マスターと呼ばれる人たちであり、奇跡的な行いと教えによって歴史に名を連ねているのです。

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