僕の大天使

 ここはどこ? 君は誰?

ようこそラファエル。さあ、こっちへいらっしゃい。

 俺の名前を知ってるってことは、前にどこかで会ったっけ?

うん、ほら、そこのソファに座ったらいいよ。コーヒー飲む?

 ん、別にいらないよ・・・ここは君の家?

そうだよラファエル。僕はここに住んでるんだ。

 ずいぶん広いアパルトマンだね。それにとても明るい。

明るいのが好きなんだ。絵も彫刻もないから、あなたにはちょっと殺風景かも知れないね。

 東洋的でいいんじゃない。君は中国人?

そうだとも言えるし、そうじゃないとも言えるね。今は何人でもないんだ。

 どういう意味?

僕はもう地球にはいないんだ。あなたから見れば、死んだ人間ということになる。あなたは今、夢見の状態にいて、ここを訪れているんだよ。地球時間で言えば、2015年2月17日の夜明け前だと僕は理解している。

 ちょっと待った。俺は夢を見ているの?

そうだよ。あなたに聞いて欲しい話があって、あなたをここへ呼んだんだ。僕は「あいのほし」という名前の、地球で言えば図書館のようなところで司書として働いている天使だよ。

 え、君は天使なの!? 普通のおじさんに見えるけど。天使って、羽が生えてて、白いローブを纏って、光り輝いてるもんだと思ってた。

中にはそういう天使もいるけどね、僕は違うんだ。僕はつい最近まで、地球で人間として生きていたんだ。それが地球上の最後の人生で、僕はここに戻って来たんだ。最近あなたに双子の男の子が生まれたことを、僕はとても喜んでいる。

 天使だから俺のことは何でも知っているのかい。そうなんだ、自分の子供がこんなにかわいいなんて、知らなかったよ。

晩婚化が進むフランス社会では、あなたの結婚はとても早い方だ。あなたは現実路線だから、それでいいんだ。ギャラリーの仕事もうまく行っているみたいだね。

 ああ、いい仕事に恵まれて、嬉しいよ。

ラファエル、僕が地球上で送った最後の人生のことを、あなたに話したいんだ。今から話すことは、ほとんど、誰にも話したことがない内容ばかりだよ。僕があなたに何もかも話せるということは、それだけあなたの度量が広いということなんだ。

 よく分からないけど、いいよ。とりあえず話してみれば。

どうもありがとう。そうだね、何から話したらいいのかな。最後の人生っていう言葉自体、あなたには馴染みが薄いのかも知れないね。僕は1978年に日本で生まれたんだ。

 生まれ変わりとかそういう話に聞こえるよ。インドでは輪廻転生の概念が根本にあるのかも知れないけど、カトリックでは、生まれ変わりは認められていないんだ。

それは分かっているよ。あなたはどう思っているの?

 テレビでそういう番組を観たことはあるよ。アメリカの研究だったと思うけど、前世の記憶があるという人の証言を、実際に検証してみるという内容だったよ。そういうこともあるのかな、とは思った。

あなたに何かを信じて欲しいわけじゃないからね。あなたは地上で生きている人間だから、それを知るのはそんなに重要なことじゃないんだ。ともかく、僕はその年を選んで生まれたんだ。

 自分で選んだってどういう意味? それって変じゃない?

僕たちは、計画を立てて地球に生まれているんだ。あなたもそうだよ。あなたはたぶん、子供の頃から、自分のやりたいことがけっこうハッキリしていたんじゃない? それは、両親に言われたり、学校で教えられたりしたこととは違ったでしょう?

 そう言われてみりゃ、確かにそうだね。美術関係の仕事に就きたいとは、子供の頃からずっと思っていたね。

そしてそれが実現したわけだよね。僕にも目的みたいなものがあったんだ。何と言ったらいいのかな。それは地球の旅の総決算みたいなことだったんだ。

 よく分からないよ。結論を出すとか、そういうこと?

第一あなたは、旅を始めたばかりだからね。分からなくて当然だよ。僕は何度も地球に生まれたことがあってね。僕は基本的に、人を助けたいと思っていたんだ。それが何を意味するのであれね。ところが、人を助けるどころか、ある人生で、人を殺してしまったんだ。

 え、そうなの。

うん、僕はとてつもない罪悪感を持ったんだ。過ちを犯してしまった以上、生まれ変わりのサイクルから足抜けすることができなくなったんだ。少なくとも、僕はそう信じたんだ。それで、贖罪のためだけの人生も何度も送ったんだ。自分を苦しめるためのね・・・

 何だか寓話みたいになって来た。

そう、一つの物語として聞いて欲しいんだ。きっとあなたの役に立つ内容がいくつかあると、僕は信じている。

 面白そうだね。話を続けて。

日本人に生まれた最後の人生のことを、始めから話そうね。僕が生まれるとき、母は車で大学病院に向かったんだけど、虹の下をくぐったらしいんだ。子供の頃にそう聞かされたよ。

 虹って、空に架かるあの虹のこと?

そうだよ。虹のアーチの下を車でくぐったらしいんだ。

 ドラマチックな始まり方だね。

うん、特に意味はないんだけどね。お産自体は、とても軽かったみたいだよ。と言うのも、母を陣痛で苦しめるのは、僕の趣味じゃなかったんだ。

 それも自分で決めたって言うわけ?

あなただってそうだったはずだよ。今度お母さんに聞いてごらんなさい。僕は、あなたが生まれた2年後に、あなたの夢を見たんだ。

 ん、何だって?

そのことは、後で話すよ。僕の名前は、江戸時代の剣豪から付けられたんだ。ご先祖様が剣術の師範だったからね。僕には似つかわしい名前じゃなかったね、武道というか、スポーツ全般が苦手だったからね。争いごとは何でも嫌いだったんだ。あなたの名前は、旧約外典のトビト記に登場する大天使から採ったものだね。

 うん。

僕は、小さい頃は、とても幸せな子供だったんだ。いつも何かに守られている感覚があって、何の不安もなくて、世界はとても美しかったよ。家庭は裕福な方ではなかったけど、食べる物に不自由するようなことは全然なかった。僕は活発な子で、僕の独特な笑い方を、両親はとても面白がったんだ。その笑い声をカセットテープに録音してあったほどだよ。小さい頃は、すべての大人は優しいと思っていたんだ。あなたは、大人のやり方に早くから疑問を持ったかも知れないね。

 俺は、どちらかと言えば、大人の嘘を見抜く子供だったよ。君みたいにナイーブではなかったね。

あなたの洞察力はとても鋭いからね。僕は、洞察するよりも、人間の善性や美しさを最初から信じるタイプだったんだ。両親のことが大好きだったよ。そんな子供時代の僕に、暗い影が差し始めた。それは7歳のとき、クリスマスの朝だったと記憶している。

 何があったの? 両親が離婚でもしたの?

ううん、そうじゃないんだ。クリスマスの朝方に、とても怖い夢を見たんだ。どんな夢かって言うと、何か、自分の過去をすべて振り返って、何度もやり直してみるんだけど、結局、何もかもが間違いだった、もうどうにもならない、という圧倒的な恐怖が押し寄せたんだ。爆発的な絶望感と表現したらいいかな。あまりの恐怖に、目が覚めてすぐに、首を吊って死のうと思ったくらいなんだ。子供がそんな体験をするなんて、それ自体おかしなことでしょう? でもそれが実際に起こったことなんだ。それと時期が前後していたと思うんだけど、夢の中で、自分とは何の脈絡もないような、言うなれば別の宇宙のような場所に行ったんだ。時間の感覚が崩壊して、そこで全然別の人生を送っていることが分かったような・・・子供の想像のようなものではなくて、生々しい実感が伴っていたから、とても怖かったんだ。それは頭の中心にたまたま意識を集中していたときに起こったと記憶している。僕は眠るのが怖くなってしまった。本当に恐怖体験で、そのことを誰にも話すことができなかったんだ。僕がこのことを話すのはこれが初めてだよ。

 あんまり聞いたことのないような話だね。

うん、だから話せなかったんだ。子供だから、うまく言葉で表現することもできないしね。しばらくの間、そのことを思い出さないように、何も感じないようにすることで、何とかかんとか乗り越えたんだ。同じ夢は繰り返し見たんだけどね、だんだん減って行ったんだ。小学校には、そんなこんなでやっと通っていたんだ。でも、何も感じないように努力していたせいで、心も窒息して、人生から輝きが失われてしまった。夜になると、何もかもが自分のせいなので、存在世界から自分を永久に消し去りたい、眠ったら二度と目が覚めなければいい、と考えるようになった。得体の知れない恐怖から逃げ回る人生が始まったんだ。しかも、僕には2歳年上の兄がいたんだけど、両親の知らないところで、僕を陰湿なやり方でいじめるようになってしまったんだ。身体的に暴力を振るわれたことはなかったんだけどね。主に言葉によるいじめだったんだ。小さい頃は仲良くしていたはずなのに、どうしてそうなってしまったのか、僕は今でも分からない。きっと、兄にも精神的なストレスが重なったんだろうね。ともかく、虐待とも言える執拗さだったから、僕は何だか、逃げ場を失ってしまった。掘りごたつの中や、布団の中で、よく一人で泣いたものだ。あなたには掘りごたつはイメージできないよね。その頃の自分は、一生分の涙を流したって思ったくらいの悲しみだったよ。それで涙が涸れてしまったって言うかね。泣き虫だったんだけど、だんだん泣かなくなった。それ以来、結局兄とは最後まで疎遠だったんだ。幸せな子供が、一転して、一人ぼっちの寂しい子供になってしまった。小学3年生頃から、母は介護が必要になった祖母のことで忙しくなって、当然祖母の状態は日に日に悪化して行く一方だから、子供と向き合う心の余裕なんてなかった。父は工場で働いていたんだけど、子供にはあんまり関心のない人だった。僕は幼かったから、だんだん両親を恨むようになったんだ。

 辛い話だね。学校に友達はいなかったの?

友達はいたよ。学校では結構人気があったんだ。あんまりしゃべらない、無口な子供になっていたんだけどね。ファンタジーの世界に逃げるようになっていたから、漫画やテレビゲームに熱中していたよ。絵を描くのが好きだったんだ。内向的な子の多くがそうなるようにね。あなたにも多少、そういう傾向があったんじゃないかな。

 俺は詩を書くのが好きだったよ。誰にも見られないように、こっそりノートに書いていたよ・・・

僕は音楽もわりあい得意だったんだ。生まれ付きの能力で、簡単に作曲することができたから、音楽の道に進みたいと思ったこともある。ピアノはちょっとだけ習わせてもらったことがあるけど、あんまり得意じゃなったね。大学生の頃は、独学で作曲法を学んだよ。管弦楽の曲を書いたんだ。

 へえ、オーケストラの曲?

うん。でもね、結局僕は、音楽が好きじゃないってことがハッキリしたんだ。得意だったけど、楽しくなかったんだ。それでやめたんだ。

 もし才能があったんなら、もったいない気がするね。

うん、実際そう言われたこともあったんだけど、今思い返せば、当時の自分が思い込んでいたほどの才能はなかったんだ。小学生の頃は、背が小さくて、とても痩せていたので、虚弱に見られることが多かったんだ。でも、家で本を読んだり、勉強したりは一切しなくて、外で遊ぶのが好きだったよ。田舎の町だったから、回りに自然がいっぱいあったんだ。僕はとにかく、植物が大好きだったんだ。当時は地球と自分が繋がっていることを常に感じていて、植物を眺めていると、その目に見える、物質的な秩序の向こう側にある世界を感じたよ。野性的な感覚を持っていたんだ。

 その感覚はよく分かる。俺は今でもそうなんだ。

あなたは新世代だからね、素晴らしいことだ。あなたが芸術に興味を持ったのは、その感覚と無関係ではないんだ。芸術作品の中には、論理を越えた領域を発想の源泉に持っているものもあるからね。あなたは小学校の頃から、ちょくちょく勉強もする子だったみたいだね。興味のない科目はまるっきりダメ、好きなことにかけては類い稀な集中力を発揮するタイプ。僕はあなたのそんなところにも、魅力を感じたんだ。それはそうと、小学校の話はそれぐらいかな。僕は私立の中学校を受験したんだけど、失敗したので、近所の公立中学校に上がったんだ。成績の良い子が私立の中学校に行くのがブームみたいなものだったんだけど、僕はダメだったね。スポーツが大嫌いだったから、ブラスバンド部に入ったんだ。女子ばかりのクラブで、男子は二人くらいしかいない環境で、クラリネットを吹いていたんだ。でね、中学一年生のとき、理科系だったからコンピュータがどうしても欲しくて、父に頼んで買ってもらったんだ。コンピュータが届いたその日の夜に、例の悪夢が戻って来たんだ。このときも、爆発的な絶望感で、目が覚めてすぐに首を吊りたい衝動を抑えるのが大変だったんだ。それと同じ時期に、感じないように努めていた感情が戻って来て、これという具体的な原因もないのに、何もかも自分が悪い、という罪悪感や、胸が締め付けられるような悲しみを感じるようになったんだ。それから、いわゆる二次性徴を迎えたんだ。精通があって、マスターベーションを始めたんだ。体毛が生え始めて、声変わりが始まったんだけど、僕はそれがものすごく嫌だったんだ。クラスメートは性的なことを話題にしていたけど、僕はあまりにも恥ずかしくて、性に関する話題には一切入れなかった。それに僕は、男らしい体格に変化するということがなくて、痩せた体に頭だけが大きくなって、鏡に映った自分が宇宙人みたいに見えたんだ。子供の頃から、自分の容姿は猿みたいで好きじゃなかったんだけど、ニキビが顔と背中全体にできて、輪をかけて醜くなって行く自分の姿にショックを受けたよ。子供のままの痩せた体つきは、最後まで変わらなかったんだ。それに、性的な変化というものが、僕には苦痛と言うか、気持ち悪い、受け入れ難い、嫌悪の対象だったんだ。自分が汚れているように感じたんだ。こんな話は聞きたくないかな?

 うーん・・・俺は構わないよ。

あなたの体験について聞いたりしないから心配しないでね。ごめんね。仲のいい友達が一人できたんだけど、その彼は一年生の終わりに引っ越してしまったんだ。それ以来、親友と呼べるような人は誰もいなくなってね。それから、中学二年生になって、僕はクラスメートの男の子を好きになったんだ。

 男の子?

そう、僕は自分が同性愛者だってことに気づいたんだ。僕の場合、小さい頃は、性的な興味というのはまったく自覚しなかったんだ。でもこのときには、自分が男性に性的に惹かれることが、ハッキリ分かったんだ。もう一生結婚できないし、子供も持てないことを悟って、すごくショックだったよ。まあ、心底子供が欲しいと思ったことはなかったのが救いだったけれどね。多感な時期だし、男性社会に反感を持っていたから、自分が男性を好きだということも、受け入れ難かったよ。そんなこんながすべて重なったので、自分が生きているのか、死んでいるのか、よく分からない気分になった。現実感のようなものが失われたんだ。世界というものが、だんだん冷え固まって、遂には動かなくなるように感じたよ。世の中から生気とかエネルギーが失われるように感じたんだ。最後はすべてが暗闇になって、世界が終わる・・・どこからともなく、「この世には意味なんかない」という考えが浮かんで、その結論に、僕は妙に納得したんだ。中学二年生の夏休みには、本当に疲れ果ててしまって、自分の部屋でずっと寝ているような状態になったんだ。この頃から自殺願望をはっきり自覚していたけど、奇妙なことに、本当に自殺を試みたことは一度もないんだ。友達がいないから、家でテレビを観たり、音楽を聴いたり、だらしない生活を送っていたんだけど、中学三年生になって、いよいよ進路ということになった。ちょっと漫画を描いていたから、漫画家になろうかな、なんて夢みたいなことを考えていてね。勉強はまるでしなかったからね。おかしな話だけど、この頃は、自分は人とは違う、何かの天才だと思い込んでいたんだ。一人ぼっちだったから、そう思い込むことで精神のバランスを保とうとしていたんだね。一方で、僕の自尊心はとても低かったんだ。学校では、「自分なんて、いてもいなくてもどうでもいい存在だ」とよく思ったものだよ。高校に進学する気はなかったんだけど、結局は中卒で就職する勇気もなくて、近所の私立高校に進学することになったんだ。面接だけで、学科試験がなかったからね。あなたの中学校時代とは、だいぶ違うでしょう?

 うん、君の話は想像もつかないよ。俺は、中学時代はすごく楽しかったからさ。女の子と初めてデートもしたしさぁ。

あなたがたの社会は、性にとてもおおらかだよね。それはとてもいいところだ。街中でキスするカップルを見るのが、僕はとても好きだったよ。ロマンチックだね。僕は生涯、誰ともキスしたことがなかったし、童貞のままだったんだ。

 えーっ、ほんとに?

うん、もちろんほんとだよ、ラファエル。あなたに嘘をついても仕方がないでしょう。それで、何となく流れで入った高校だったからね、学校に通うのがますます苦痛になったんだ。部活動にも参加しなかったし、家で一人で漫画やイラストを描いたり、ギターを弾いて音楽を作ったりしていたんだ。それでとうとう、高校一年の終わりの3月に、決定的な出来事が起こったんだ。ある夜、ズドーンと大きな音を立てたみたいに、頭の中が崩壊して、僕は気が狂ってしまったんだ。要するに、精神的なストレスが重なって、心が壊れてしまったんだね。それからは、何もかもが恐怖になったんだ。生きていること自体が、すごく怖いんだ。あなたには分からない感覚だけどね。悪魔的なイメージと奇妙な感覚が常に去来して、それは寝ているときも止まることがなかった。恐怖から逃れる場所がないという感じだったんだ。同じ思考がループするのには本当に困ったね。頭の中が混乱し切ってしまって、自分の意志では操縦不可能な状態に陥ったんだ。外部からの刺激が苦痛で、テレビを観ることができなくなった。テレビの光や音に、脳の神経を直接触られているようなヒリヒリする感覚がしたからなんだ。何もかも分からなくなって、体の動かし方や、息のし方さえも忘れてしまったような感覚に陥ったこともある。すぐにも正気を失いそうな感覚がずっと続くんだ。そのときには本当に死を覚悟したね。むしろ死んだ方がずっとマシだったんだけど、不思議なことに、死にたくないっていう強烈な意志が体から沸き上がって来たんだ。体に命を繋ぎ止められたような、変な感じだった。無我夢中だったね。最初の数ヶ月はそんな風だったんだけど、ちゃんと学校には通っていたんだ。何かをしていれば、少しは気が紛れたんだ。体が極端に衰弱してしまって、通学バスの中で立っていることができなくなったので、駅から学校まで歩くことにしたんだ。歩くと少し気分が楽になるのを発見して、一日に何時間も歩いたよ。よく自転車にも乗ったね。夏でも手足がとても冷たくて、眠り辛くてね。夜になると、足が冷え過ぎてアキレス腱がギュッと収縮するんだ。それはすごく熱いお風呂に入ると、少し楽になった。それから、一日中とにかく頭が痛くてね。横になると、頭の重さが尋常じゃないんだ。大げさじゃなくて、地球全体の重みが、頭にのしかかって来るような感覚がするんだ。変な話で申し訳ないんだけど、夜はマスターベーションすることで、気が紛れて、何とか眠りに就けたんだ。そのときには、それが救いの神みたいなものだったよ。あんまり辛くて泣きたかったけど、生き地獄のような状態では、涙って出ないものなんだ。僕は無知な子供だったから、大人になるってこういうことなのかな? みんなこういう状態を経験するんだろうか? なんて本気で思っていたよ。もしそうじゃないのなら、自分は何かの罰で、こういう経験をしているのかな、ともね。きっと、両親に恨みの感情を抱いたのが悪かったのかも知れない・・・16歳にしては子供っぽい発想だったのかも知れないけど、自分の身に起きていることは、まったく理解できなかった。藁をも掴む気持ちで、当時母が通っていた新興宗教に救いを求めたほどだったんだ。

 新興宗教に入信したの?

うん、そうなんだ。厳密に言えば、そこは教祖様とか信仰の対象というのはなくて、「幸せになるための生き方」を教える学校みたいなところだったんだけどね。過激な思想じゃなくて、かなり伝統的な信念体系の一つだったんだ。

 その、信念体系って何?

何らかの理想を掲げて、その理想を達成するためには、これをすればよい、これをしてはいけない、という価値判断の集合のことだよ。一つの思想として内部で一応完結しているので、体系と言うんだ。例えば、ローマ・カトリックも信念体系の一つだよ。地球には、ありとあらゆる信念体系が存在するんだ。人生の楽しみ方、恋愛術、商売を成功させる秘訣といった身近なものから、精神修養や光明に至る道といった霊的なものまでね。多くの場合、信念体系の対立が戦争の原因になるんだ。

 ふーん、そういう意味。

そこで学んだことの中には、「他人の幸せをあたかも自分のことのように感じ、心底喜べるのが、本当の幸せである」とか、今でも心に残っている素晴らしい教えもあったんだ。それはそうと、最初の日から八ヶ月くらい経って、四六時中恐怖に襲われるような状態からは、自然に抜け出したんだ。具体的に、何かをしたわけではないんだけどね。ひたすら耐えること以外に、できることなんて何もなかったから。この時期から頭の中に靄がかったようになって、うまくものごとを考えることができなくなったんだけど、それは人生の最後までそのまんまだったんだ。たぶん、右脳が多少損傷したんじゃないかと思ってる。それまでは左利きだったんだけど、思いつきで右利きに直したのね。それには一日しかかからなかったんだ。右手を使う方が楽に感じられたからね。昔の自分に戻りたいと願っていたんだけど、とうとう戻らなかった。ある意味、壊れたまんまになったんだ。いつ発狂して死んでもおかしくない、死を間近に感じるという数ヶ月を体験したので、まだ生きているのが不思議なくらいだった。だから、17歳になって、これから先は、おまけの人生だと感じたんだ。恐怖のどん底にいるとき、役に立つものが一つもなかったので、欲しいものというのも、ほとんどまったくなくなったと言うか、絶望を体験して、あまり欲を持てなくなってね。ある程度、リスクを顧みずに実験的な人生を歩み出すことになったのは、それが理由なんだ。

 それからどうしたの?

うん、そうは言うものの、普通の高校生でもあったんだ。変わり者扱いだったけれどね。実際この頃は、ほんとに変わり者だったんだ。普通じゃない経験をしていたからね。自分の体験していることを人に話すことはなかったんだ。精神病院に入れられるんじゃないかと思うと怖くてね。事実、僕の症状は重度の精神病と似通っていた。想像と現実の区別すらほとんど付かない状態に陥っていたからね。でも、一旦入院したらそのまま退院できずに死ぬだろうと分かっていたので、病院には一度も行かなかった。それは賢明な選択だったと思うんだけどね。そんな風だから、学校ではますます孤立してしまった。でも、三年生の頃は、一緒に音楽を作る友達ができたり、漫画を雑誌に投稿したりもしたよ。ちゃっかり好きな同級生もいたんだけど、このときは具体的にどうこうしようなんて余裕はまったくなかったね。三年生になると、卒業後の進路という話になるでしょう。漫画家かミュージシャンになりたいという思いもまだあったんだけど、何をどうしたらいいのかまったく混乱してしまったので、通い始めた宗教の先生に質問を出したんだ。そうしたら、文系の大学に進学するようにアドバイスされてね。そのときは自分の選択を委ねて、アドバイスに従うことにしたんだ。

 ご託宣や占いに従うようなものだね。他人が決めたことに従うってのは、俺にはまったく分からない感覚だけど、君はそれくらい必死だったっていうことだね。

その通りなんだ。それまでは、進学校でもなかったし、大学に進学するという発想がなくてね。大げさじゃなくて、大学は何をする所なのか知らなかったほどだよ。それまで勉強はまったくしていなかったから、どうすれば大学に入れるのかよく知らなかったものの、自分なりに考えて、準備を始めたんだ。過去を捨てるために漫画も音楽もやめて、自分の持ち物をあらかた捨てたんだ。本とかCDとか服とか写真とか、身の回りの品全部をね。ほとんどクレイジーだったからね。でも、ともかく勉強に集中することで、気が紛れて、生きる恐怖から逃れることができたから、どんどんやったんだ。そしたら無事に、現役である大学の英文科に進むことができた。なぜ英文科にしたのかと言うと、興味のある科目が英語しかなかったからなんだ。のちに、その英語が大いに役に立つことになるんだけどね。

 実は俺も、英語が得意なんだ。

そうだね、ラファエル。あなたはフランス人としては無口な方だけど、文章がとても上手いね。言語能力が高い証拠だ。僕も小さい頃は、どちらかと言えば、頭の切れるタイプだったと思うんだ。あなたのようにね。でも、あの恐怖体験以来、まったく愚鈍になってしまって、考えたり感じたりすることがしにくくなったんだ。自分の自覚としては、前と比べて許容量が20%くらいにまで減ったような感じがしたんだ。記憶力も失ったから、集中して勉強してもそんなに成果は上がらなかったのね。でも大学に入ってみたら、すべてが新鮮だったんだ。あんまり教養ある家庭環境じゃなかったから、アカデミックな世界というものに初めて触れてね。学問って何だか楽しい、という気分になったんだ。大学生になっても、同級生とは話が合わないから、家と学校を行き帰りするだけの単調な生活ではあった。得体の知れない恐怖から自由になったわけではなかったけれど、生活に支障が出ないレベルまで回復することができたんだ。あんまり長い時間考えごとをしていると調子がおかしくなって来るので、この頃から長時間眠る習慣が必要になったんだ。この年に初めて学校でフランス語を習ったのね。授業で習ううちに、自分でも何だろうと思うほど、フランス語に強く惹かれてね。ずっと後に、フランスに留学することになろうとは、このときにはまったく想像していなかったけれどね。大学で教えられる新しい知識を吸収するうちに、アカデミックな世界をもっと知りたい、大学でどんなことが研究されているのか見てみたい、という好奇心に駆られるようになったんだ。それで、英文科の勉強もしつつ、別の大学を受験して、今度は社会科学系の学科に入り直したんだ。それまでの自分にとってはまったく未知の分野だった、政治・経済・社会を学ぶことにしたんだ。よく考えて決めたわけじゃなくて、たまたまその学科が入りやすかっただけだけどね。フランスの大学とは違って、日本の大学では幅広く学ぶんだ。必ずしも職業と直結していない学科を選ぶ自由があるんだ。

 それは何となく聞いたことある。

その大学は、日本ではかなりレベルの高いところだったんだ。とても優秀な学生がたくさんいたし、有名な教授もたくさんいて、エリート社会を垣間見ているような気がしたものだ。これも自分には未知の世界だったんだ。でも社会科学というのは、あまりにも男性的で、人を出し抜いてまで成功しようとする原動力が根底にあるのを感じたので、僕は一年で嫌気が差してしまった。だから勉強をほっぽり出して、宗教に通っていたんだ。でも、自分の選択を宗教に委ねても、結局その責任は自分で取る必要があるので、それは望ましい状態ではないと気づいたんだ。それでその宗教は、自分からやめたんだ。同じ時期に、精神世界と呼ばれる分野の本に出会ったんだ。あなたがたの国では、たぶんニューエイジとかスピリチュアリティと呼ばれている分野だね。それまでは、哲学とか心理学とか、僕には近寄りがたい分野で、まったく読んだことがなかったのね。でも、始めに出会ったその本は、「人間の魂は体験を通して成長する」という哲学について、科学的に書いてある本だったんだ。瞬く間に引き込まれて、「僕が本当に知りたかったのはこれだ!」と、目の覚めるような思いがしたんだ。その日の夜は、文字通り体が電気が走ったようにビリビリ痺れたんだ。それくらい何か特別な、強烈な出会いだったんだ。それで、感覚的に、自分の進むべき方向性はこっちだ、ってことになったんだ。あなたにも、そんな読書体験があったかな?

 うーん、そこまでかどうか分らないけど、ランボーの詩集を初めて読んだときには衝撃を受けたよ。

ランボーはとても若いときにあの詩を書いたからね。感性の優れたあなたが、彼の感覚的で剥き出しな言葉に引き込まれたのは無理もない。僕は若いときに衝撃的な体験をしたからね、本当に絶望したと言うか、この世界は一体何のためにあるんだろう、という疑問を持ったんだ。それは言葉や論理の上ではなく、深い実感だったために、僕は自分が生きている意味について、洞察を与えてくれそうな情報に飢えていたと思うんだ。その本に書かれていたのは、自分の魂が本当に望んでいることを実行に移して、物質的に体験することによって、意識が拡大し、最終的には、宇宙意識と一つになるという、今思えば単純な理論だったんだけどね。僕は妙に納得したんだ。宇宙意識という言葉は、あなたは聞いたことがないと思うんだけど、宇宙に偏在する意識というような意味だよ。すべての存在には意識があるっていう、そういう哲学なんだ。それでね、その本の中には、自分の魂の望みというのは、論理的な思考や推論を通してではなく、直感を通してしか知り得ない、と書いてあったんだ。なるほど、と思ってね。いろいろ試してみたんだ。まず、絵を描くのは好きだったから、何も考えずに、直感的に絵を描くことができるかどうかやってみたんだ。すると、とても色彩的で、思いも寄らないような構図の絵が、完成形として瞬時に頭に思い浮かんでね。抽象画みたいなものなんだけど、色彩だけじゃなくて形もちゃんとあるんだ。自分でも面白い、と思ったんだよね。そういうのを何枚か描いてみたんだ。それから、自分の魂が本当にやりたいことが、直感で思い浮かぶかどうかやってみた。すると、何となく「写真」と浮かんだんだ。まあ、当時の興味が芸術関連のことに集中していたから、今にしてみれば、実はそこから類推しただけだとは思うんだけどね。何も考えないでやってみようと思って、とにかくカメラを買いに行ったんだ。

 写真を撮り始めたの?

うん、そうなんだ。その頃は長時間歩くことが習慣になっていたからね、近所を散歩しながら、直感的に写真を撮るということをやっていたよ。何年か後に、この頃に撮った写真をまとめて、自費出版することになったんだ。当時関心を持っていた、環境破壊をテーマに盛り込んだ本だよ。一度だけ写真展を開いたこともあるんだ。まあ、まったく反響がなくて、失敗だったんだけどね。それから、精神世界の本をたくさん読んでね、本を読むのは好きじゃなかったんだけど、ある意味切実な関心事だったから、どんどん読んで、2〜3年の間に100冊以上は読んだんじゃないかな。大学の講義には興味を失っていたから、あんまり学校には行かずに、家で本を読んで過ごしていたんだ。歩くと少し気分がよくなるので、散歩が日課になっていたから、ついでにカメラを持ち歩いて、気の向くままに写真を撮っていたんだ。そんな中、僕の人生でもう一つ重大な出来事があったんだ。

 分かった。好きな人ができたんだろう?

・・・どうして分かるの? 実はその通りなんだ。2000年9月のことだったと思う。大学の授業で、ビデオ制作の実習があってね。グループで短い映像を作ることになったんだけど、たまたま同じグループになった人だったんだ。スポーツマンで、大学リーグで活躍する選手だったよ。色黒で、背が高くて、ハンサムで、優しいから、女の子に人気のある人だった。でも、自信家じゃなくて、遊ぶようなタイプでもないから、変ないやらしさが全然なかったんだ。誠実な人柄で、部活の仲間からも信頼されている人だった。彼と教室で初めて会って話したときにね、彼と目が合ったんだ。その瞬間、「僕はこの人のことをずっと知っていた。そしてこれからもずっと知っている」と直感したんだ。まるでおとぎの国で、時間が止まったみたいだった。瞬間的に、そうだと「知った」というような感じだった。そしてその次に、「この人となら結婚してもいい」って思ったんだ。おかしいでしょう?

 え、別におかしくないよ。

ううん、第一、日本では男性同士で結婚はできないんだから、そこからしておかしいわけだ。それに、僕は一生誰とも付き合わない、と固く心に決めていたんだ。性的な関係という意味でね。まあ、あんまりモテなくて、結局一度もそんなチャンスがなかったことも事実だ。同性愛者という制約もあってね。僕は頭がおかしくて、いつ発狂するか分らないという不安があったから、とてもじゃないけど誰かと関係を持つ自信がなかったんだ。もし恋人でもいたら、その人に迷惑をかけて、多大な苦痛を与えることになるかも知れないでしょう? そんな風になるのが本当にイヤだったからね。でもその彼は、僕の目をこう、すっと、まっすぐに見てね。何かが起きた感じだった。魔法にかかったみたいにね。後にも先にも、そんな不思議な気持ちになったのはこのとき限りなんだ。あなたと目が合ったときさえも、そんな風には感じなかった。その日以来、ごく自然に彼を愛するようになったんだ。それまでは、僕は愛ということは知らなかったんだ。興味があるとか、カッコイイみたいな感情はあったんだけど、愛というのは知らなかった。そういうものがあるということをね。自分の胸の辺りから、何か暖かなものが、彼の方にすーっと流れて行くのを感じたんだ。自分では何の努力もしないのに、その感じがずっと継続するので、これは何だろう? ということになった。

 うん、その感じなら俺にもよく分かるよ。

そうだね、ラファエル。あなたが奥さんや子供たちに抱く感情と同じものだ。僕の場合、始めのうちは、その感情は性愛とは結び付かなかったんだ。彼のことは、別の場所で別の人生を生きて来た、もう一人の自分みたいに感じたんだ。他人なのに、ぜんぜん距離というものを感じなかったのね。そう、1ミリたりともね。彼と僕はぜんぜん違うタイプの人間だったので、その親近感は、超常現象と言ってもいいくらいのものだったんだ。実際には、彼が僕に特別なことをしてくれたことはなくて、授業で会うだけの、友達とさえ言えないような間柄だったからね。僕はクラスメートに、一方的に片思いしたわけだ。彼と目が合ったときに、決して忘れることのできない至極の瞬間を体験したので、もしかしたら彼も、僕に特別な感情を抱いたのではないかと、だんだん勘違いするようになって行ったんだ。彼は「運命の人」なんじゃないかってね。そう思い込みたかったんだ。自分でもビックリするくらい、強烈な感情だったからね。彼はいわゆる好みのタイプではなかったので、余計に不思議だったんだ。文字通りの意味で、彼のためなら死ねると思った。その頃の僕は、彼を助けるためなら火の中にだって平気で飛び込んだだろうし、もし彼に心臓移植が必要になったとしたら、自分の命と引き換えに彼に心臓を差し出しただろうと思う。嘘じゃないんだ。彼からの愛は得られなくてもね、自分はそうしたいって思ったんだ。無条件の愛って言葉をこの頃本で知ったんだけど、まさにそれに近い感じだった。実際、彼からは何の見返りも得られなかったからね。でも、そんな大きな愛を自分が持っていたことに、僕自身がとても救われたんだ。まあ、大きいのか小さいのか分からないけど。その感情自体が自分への見返りだったと言える。彼のためなら、すべてを失ったって何とも思わない、そういう気持ちになれたんだ。だから彼と会って以来、僕は愛は存在するのかしないのか、そんな疑問を持つことは二度となかったんだ。愛とは何かと聞かれると、今でも答えられないけれど、その美しい何かが存在することだけは、僕には明白になったんだ。

 いい話だね。

うん、ほんとに滅多にないような珍しい体験だったんだ。出会って間もない頃は、彼も僕に興味があるんじゃないかって、デートに誘ってくれるのを期待したりしてね。人を好きになると、多かれ少なかれ、そんな夢を見ちゃうものだよね。でも、やっぱり幻想でしかなかったんだ。彼は実際、普通の男性で、卒業後しばらくして結婚したことを知ることになったんだ。でも僕は甘い夢を見ていたかったんだよね。彼にはだんだん性的にも惹かれるようになっていたんだ。男らしくて、優しくて、将来性があって、一般的な女性から見ても、結婚相手として、理想の男性の条件に近い感じだったからね。僕の場合は、女性が男性を好きになる感覚に近かったんだ。女性の格好をしたいと思ったことはなかったんだけどね。僕は性的なことをすごく恐れていたんだ。ポルノビデオみたいなものをインターネットで初めて見たのは、24歳くらいのときだったんだ。それまでは具体的なことは何も知らなくてね。僕はセックスが異常に怖くて、そういう映像を見ても興奮したり楽しめたりするどころか、気分が悪くなったんだ。でも馴れる必要があると思って見たんだ。この話題はとても重要だから、また後でじっくり話そう。性生活まで想像すると、体の大きな彼のことは怖かったんだけど、心から信頼していれば、きっと大丈夫かも知れない、と思ったんだ。彼には体臭ってなかったんだけど、独特のいい匂いがしてね。たぶん微妙なものなんだろうけど、その匂いがものすごく安心できる要素だったんだ。変な話でごめんね。あなたの匂いも僕は好きだったよ。そうこうするうちに、一年近く経って、卒業が近づいてしまったから、意を決して、彼に思いを告白することにしたんだ。2001年7月のことだったね。彼が僕に気があるなんて、およそありそうもないと頭では分かっていたんだけど、本当に愛していたから、何も言わないままに大学を卒業したら、必ず後悔すると思ったんだ。でも、面と向かって言う勇気なんてないから、メールを送ったんだ。

 ずいぶんと現代的な方法だね。そんなんで君の思いが伝わったのかな?

うん、結論から先に言うとね、彼から返事をもらうことはなかったんだ。日本の大学は四年目の3月に卒業になるんだけど、その時点で卒業に必要な単位を取ってしまっていたからね、夏休みからは、もう学校に行かなくてもよかったんだ。だから彼ともばったり出くわすこともないわけで、そういうタイミングをあえて選んだんだ。ずいぶんな弱虫でしょう? でも僕は自分にぜんぜん自信がなかったからね。ずっと隠れていたかったけど、でも後悔するのはもっとイヤだった。もちろん、面と向かって断られるのが怖かったということもある。それから秋になって、彼のチームの試合を観に行ったんだ。彼が出場するかどうかは知らなかったんだけど、とにかく行ったんだ。遠くの観覧席から眺めていたけど、彼の姿はすぐに判別できた。それが彼を見た最後の日だよ。あなたに出会うまでの約10年間、僕は彼に片思いしていたんだ。

 ねえ、さっきからおかしなことを言うね。もしかして、俺は君に会ったことがあるのかい?

うん、そうだよラファエル。あなたが僕のことを覚えているかどうかは分からないけどね。さて、卒業したら、彼のことは何も分からなくなったんだ。結局メールの返事ももらえず仕舞いで、彼がどうしているのかまったく分からなくってね。その気になれば、彼の友達に聞いてみることもできたはずだけど、ストーカーみたいなことは一切したくなかったんだ。そんなことをすれば、彼を苦しめることになるのは明白だったからね。風の便りで彼が結婚したと聞いたんだけど、それでも愛していたんだ。もちろん諦めてはいたけれど、忘れられなくてね。彼はいわば理想の人だったから、他の人を好きになることはできなかった。出会ったときの喜びが大きかった分、なんだか悲しみも大きく成長してしまった。しょせん彼は僕とは別の世界に住んでいるという思いが、悲しみに拍車をかけるんだ。彼とは二度と会えないとは、どうしても思いたくなくてね。どこかでまだ夢を見ていたかったんだ。彼は僕の希望だったと言えば聞こえがいいけど、彼のことを常に思うことで、いろんな不安を忘れようとしていたと言う方が正確なんだ。彼に対する気持ちは、10年間、誰にも話すことはできなかった。そう、初めて彼のことを人に話せたのは、あなたと出会ってすぐ後のことだったよ。

 10年間ってことは、俺が君に会ったのは、2011年ってこと?

うん、実はその通りなんだ。2011年2月のことだったと思うよ。それで日本の大学は、フランスと違って四年制なんだけどね、学生は、四年生のときに就職活動をして、卒業と同時に働き始めるのが当たり前なんだ。でも僕は、大学院で作曲を勉強したいと思って、受験の準備をしていたんだ。大学院から専攻を変えるのは、日本では許される場合があるんだ。でもうまく行かなくてね。だから卒業して半年してから、電子部品を作っている会社に就職したんだ。配属は経理部で、毎日電卓を叩いていたよ。求職しながらフラフラしていた半年間は、すごく不安だったんだ。もう学生ではない、でも仕事もしていない、友達と呼べる友達も誰もいない、という状況で、社会の中に自分が存在していないかのような気分になったんだ。まったくどこにも所属していないという感覚がね、僕にはすごく不安だったんだ。だから、自分が社会に存在しているという証拠が欲しくて、自動車学校に通ったんだ。運転免許証が身分証明になるからね。僕は結局誰でもない、誰からも必要とされていなくて、今日いなくなっても誰も困らない、というのは、僕の場合ある程度事実でもあったので、だんだんそんな感覚にも馴れて行ったものだ。今思えば、ずいぶんひどい信念だと思うけどね、そういう人生だったんだ。自分の一番深いところにある信念というか、実感が、人生を動かして行くものなんだよ、ラファエル。僕の話から、それに気が付いて欲しいんだ。

 だから君は、子供の頃に見た夢の話をしたんだね。すべてが間違っていたという実感と、その後の君の不安や確信のなさには、何らかの関連性があるみたいだ。

あなたは本当に賢いね。臨床心理学では、子供の頃に最初に見た夢として強く残っている印象の中に、その人の人生のテーマがすべて含まれている、という考え方もあるんだ。

 ふーん。それは興味深いね。

会社での仕事は、自分なりに一生懸命やったつもりなんだ。アルバイトはしたことがなかったから、働いてお金をもらう初めての仕事でね。高校生以来、いつも頭がぼーっとしていたから、目の前の仕事に集中することが難しかったんだけど、何とかかんとかやりくりしていたんだ。自分にとっては大変な仕事だったんだけど、会社のお給料で本を自費出版したし、ビジネスの仕組みも垣間見られて、得ることもいっぱいあったんだ。人間関係が何だかよそよそしい職場ではあったけれどね。でもまだ若かったからね、この先ずっとその会社で働きたいかと聞かれると、それはぜんぜん違うという感じだったんだ。生活が安泰して、それなりに生きて行けるというだけでは、僕は不満だったんだ。パートナーでもいれば考えも違ったはずなんだけど、僕は一人だったからね。何のために生きているんだろうとか、この先何をするべきなんだろうという疑問はますます切実になっていて、自分の生活よりも、世界のために何か役に立つことをしたいと願っていたんだ。理想主義的にね。2004年に、初めていわゆる精神世界のセミナーに参加してみたんだ。日本にはヨーロッパよりも、ユニークな考え方で面白いことをやっている人が多くてね。ある意味、仕事の自由度が高いんだ。社会の規範を離れて、本当に自分のやりたいことをやろうと挑戦している人たちに刺激を受けて、自分もやってみたいという風に感じるようになった。三年間働いた会社を辞めて、本当にやりたいことをやろうと決心したんだ。すでに一度死んだようなものだったから、食べられなくなって野垂れ死にしたとしても、それはそれで構わなかったんだ。もうすぐ死ぬとして、どうしてもやっておきたいことがあるなら、それは何か、と自問して、すぐに思い浮かんだ答えが、アメリカのスピリチュアルな学校に行くことだったんだ。このときから、僕はいわゆる「スピリチュアル路線」に転向したわけだ。

 ちょっと待って、まったく分からないから。スピリチュアルな学校って、どんなことを学ぶところなの?

そこの学校はね、アメリカではかなり有名なところだったんだ。哲学も学ぶけれど、一番重要なカリキュラムは、「思考が現実を作る」のを体験することなんだ。あなたは、スピリチュアルと聞くと、白装束の怪しいカルト教団とか、インドの瞑想法とドラッグカルチャーを組み合わせたニューエイジ・ムーブメントを連想するかも知れないんだけど、この学校は、そういうところではなくて、簡単に言えば、一つの思考に意識を集中する訓練をするんだ。それに呼吸法を組み合わせるんだけど、そうすることによって、脳にどんな変化が起こるのか、そして思考が本当に物質化することを、科学的な見地から証明しようとしているんだ。実際に、かなり有名な科学雑誌に、いくつか論文が掲載されているんだ。量子力学の理論から、「すべての個人的な現実は、自分自身の思考が作り出している」と教えているんだ。

 それは俺にはちょっと難しいな。

要するに、自分が今生きている現実、自分の人生に責任を持ちなさい、という哲学なんだ。それはとてもキツイことではあるけれども、一方では、もし自分がすべての現実を作っているのなら、それはいつでも自分で変えられる、という究極の希望でもあるんだ。分かるかな?

 ああ、よく分かるよ。

そして具体的でシンプルな方法を教えられたんだ。基本的には、自分が現実にしたい思考を象徴するシンプルな絵を描いて、それにフォーカスするんだ。例えば、家が欲しかったらそれをシンプルな絵に描くんだ。そして目を閉じて、自分で描いたその絵を思い浮かべる。僕たちは概して、一つの絵に意識を集中することが難しいんだ。たとえ数十秒の間でもね。でもこの学校では、最も基本的な方法として、その訓練をするんだ。

 ふーん。そうするとどうなるの?

うん、もしそれを一日に一時間ずつ続けられたら、どんなことでも現実化すると教えられたよ。

 ほんとに? あんまり単純過ぎじゃない? ただ集中するだけでいいわけなの?

僕はそういう風に教えられたよ。それも感情なしに集中するように教えられたんだ。もちろん、欲しい物がすぐに目の前に現れるわけじゃないんだけどね、人生の流れがそうやって方向づけられるというわけだ。僕は、それならやってみようと単純に思ったんだ。でも実際やってみると、そこまで単純にはなれない自分に気づくわけだ。うまくできているだろうか、ほんとにそんなに単純な話なんだろうか、もっと考えるべきことが他にあるんじゃないだろうか、ものごとを感じることなしに生きたら、とても大切な何かを見逃してしまうんじゃないだろうか、とかね。次々に疑問が浮かんで、フォーカスすることができなかったんだ。だいたい二週間のプログラムの間、学校に寝泊まりしていたんだ。寝袋持参でね。自然の中にキャンパスがあるので、キャンプしているような生活が新鮮でもあった。このイベントは、その後の人生の枠組みを与えてくれた大切な経験だったんだ。何より、魂から来る本物の喜びを感じたのね。それから、もう一つスピリチュアルなセミナーに参加した後、たくさんの課題を得て日本に帰ったんだ。約一ヶ月の旅だったよ。

 たったの一ヶ月? 会社を辞める必要はなかったんじゃない?

あなたの国とは違って、日本では通常、一ヶ月もの休暇を取ることは許されないんだ、ラファエル。残念なことだけどね。日本に帰ってすぐに、縁あって、とあるNGOの経理係として働き始めたんだ。雑用も兼ねてね。そこは普通の会社と違ってとても自由な職場で、勤務時間も自分で決めるくらいだったんだ。そこで刺激的な若い人たちといっぱい会ったんだ。海外支援をしている、ある種の理想に燃える人たちと一緒に仕事をする機会に恵まれたんだ。半ば共同生活みたいな感じだったから、人間関係が緊密でね。友達っていなかったから、いろんなことを話し合って、グループのメンバーとして受け入れてもらえたことは、本当に嬉しいことだった。会社時代とは両極端の、別世界の体験だったね。とても楽しかったんだけど、そのNGOは一年弱で辞めることになった。僕は経理係じゃなくて、自分にしかできない仕事をしたかったんだ。若くて無謀だったから、自分にしかできない何かがきっとあるはずだ、と信じていたのね。理屈じゃなくて、直感に従うことは引き続き試みていたから、新しいことを始める必要があると感じて、辞めたんだ。別に死んでもいいと思っていたから、僕は思い立ったらすぐに実行するタイプだったんだ。ちょっと自暴自棄だったのかも知れない。ここはあなたとはだいぶ違うところだね。直感とは何か、自分が本当に望んでいるものは何か、というのは、僕の終生のテーマだったと言える。僕は失敗を重ねながら、直感に従うということ、直感を信頼するということ、その結果がどうなるかを経験を通して学んだんだ。まあ、後になってみれば、失敗というものは何もなかったんだけれどね。何がどうと言うよりも、面白いことにチャレンジしたかっただけなのかも知れない。恐怖も大きかったけれど、自分を繋ぎ止める錨というか、精神的な歯止めになるようなものが何もなかったので、行動面では自由でいられたんだ。若さ故に、自分にとって最も難しいことにチャレンジしようとしたんだ。

 次はどんな仕事をしたの?

僕はスピリチュアル業界に進出したんだ。あなたにはイメージしにくいと思うんだけど、ヒーリングやカウンセリングのようなことをしたかったんだ。何年間かの勉強の積み重ねで、ある程度知識は身に付いていたのね。日本では、臨床心理学の修士号のような正規の資格を持たないで、勝手にカウンセリングをやっている人がけっこういるんだ。瞑想、占い、透視、チャネリング、そういう神秘的な要素を含めてね。かなり怪しげな霊感商法とか、スピリチュアル・ビジネスの市場がけっこう大きいんだ。僕は普通ではない困難な体験をくぐり抜けていたから、同じような困難に直面している人を見つけて、助けになれたらいい、という希望を持ったんだ。ホームページを開設して、精神世界の分野で自分が学んだことをすべて書き、希望があればカウンセリングみたいなことをする、というのを三年ほど続けたんだ。自分自身も学びながらね。でも、自分と同じような境遇の人は一人も見つからなかったばかりか、この業界の仕組みにとことん幻滅する結果になってしまった。例えば、前世をリーディングする人がいるとして、その結果を学術的に検証しようとしている人はほとんどいなかったんだ。ヒーリングに関しても、結果が出なければ、「病気が治ることを本心では望んでいない」と、相手のせいにして済ませてしまう。精神医学で本当にそういうケースがあるとしてもね。神秘体験をちらつかせて、実のところ、始めから実行不可能な瞑想法を教えている人たちが多いことに、だんだん気づいたんだ。第一、神秘体験というものは証明が不可能だし、ある人がほんとに覚醒していたとしても、その人が教える瞑想法が有効だとは限らないんだ。大部分の瞑想は、一時的にでも思考を止めるということを前提にしているんだけど、悟りの状態にいない限り、人間は思考を止めるということはできないんだ、ラファエル。悟りの状態にいる人の中には、それが一般の人には実行不可能だということに気づかないで、何かを教えているケースもあるんだ。

 何のことだかさっぱり分からないよ。

あなたに瞑想の話をするつもりはないんだ。あなたにはもっとシンプルなことを知って欲しいんだ。それについては、あとでゆっくり話そう。そんなわけで、神秘的なデタラメを並べてお客さんを集めるようなことは、僕はしたくなかったんだ。悩んだり困ったりしている人がいる限り、規制の緩い日本では商売が成り立つんだけど、僕は理想主義者だったから、世の中こんなものと割り切ることはできなかった。それでこの仕事も手放したんだ。一方で、勉強は続けていたんだ。と言うのも、自分は何のために生きているのか、という疑問はまったく解決されないままだったし、得体の知れない恐怖からも解放されてはいなかったからだ。情けない話だけどね。実はこの恐怖は、性に結び付いていたんだ。僕はセックス恐怖症だったと言うこともできる。僕の理解するところでは、性に関する問題が、あらゆる問題の中で最も根深いものだ。だから地球ではタブー視されて、きちんと向き合われないままに放置される傾向があるんだ。でも僕の場合は、この問題に真っ正面から向き合うことになったんだ。なぜなら、僕はパートナーが欲しかったからなんだ。

 パートナー? 恋人が欲しかったっていうこと?

その通りなんだ。スピリチュアル業界にいたことで、自分にしかできないこととか、自分がするべきだと思った仕事は、その三年間ですべてやり切った感じだった。一応、自分としては全力でやったからね。でも、人からはあんまり評価されなくて、次の仕事のステップになるどころか、社会的にはまったく無駄になってしまったんだよね。人からの評価をそんなに期待していたわけじゃないんだけど、現実問題、何らかの社会的な反響がない限り、次のキャリアには繋がらないわけでしょう。それに、経済的な収入の面でも大いに困ったんだ。でも自分自身に妥協するわけには行かないから、何か新しいことを始める必要性に迫られたわけだ。やりたいことは全部やったから、ただ単に生き延びていたいという意志はなくて、生活のためならどんな仕事でもしようという気もないから、いっそ潔く死ぬ方がいいと考えたものだ。僕はまたしても、死ぬ前にまだやり残したことがあるとしたら、それは何か、と自問してみたんだ。そしたら、フランス、それもパリに行ってみたいと思ったんだ。具体的な理由もないのにね。それで旅行の計画を立てて、2009年5月に、母を連れて初めてパリの地に降り立ったんだ。父はすでに退職していたんだけど、ご先祖様の土地があったおかげで、実家に不動産収入があったので、そういうことができたんだ。仕事もしないでいると実家を追い出されちゃう人もいると思うんだけど、僕の両親は経済的にサポートしてくれたんだ。出来損ないの息子という感じでしょう。あなたはしっかりしているから、恥ずかしい限りだよ。

 俺はそんなにしっかりしてないよ。

いいや、あなたはよくやっているよ。僕はそれが誇らしいんだ。綿密に計画を立てた二週間の旅行から帰った後、数ヶ月自分でフランス語を勉強して、パリの大学に留学することになったんだ。それもこれも、理由もないのに、しばらくの間フランスに住んだ方がいいと直感で感じたからだったんだ。フランスに住むとしたら、大学に入学するのが一番簡単だということが分かったので、それで留学することにしたんだ。おかしいでしょう? でもそうだったんだ。必ずしも興味のない美術史考古学部を選んだのも、直感でそこがいいと感じたからだったんだ。

 美術史考古学部? 俺と同じ学部じゃないか。君は俺と同じ大学にいたのかい? だから会ったことがあるんだね? もしかして・・・君は、俺に手紙をくれたあの人だったのかい?

僕のことを覚えていてくれたんだね。意外だよ。

 バカなこと言うなよ、忘れるわけがないじゃないか。君は日本に帰ったんだと思ってた。

あなたが覚えていてくれただけで、僕にはとても光栄なことなんだ。どうもありがとう。僕は2012年6月に、住んでいたパリのアパートで、くも膜下出血で倒れて死んだんだ。僕はね、どこにでもいる平凡な人間だったんだけど、ちょっと普通じゃない経験をしたからね、何かユニークな方法で、世の中の役に立てないかと思っただけなんだ。でも結局は大したことはできないで、自分一人を助けることさえできなかった。精神的にも経済的にも自立できなかったんだからね。なぜなら、僕は一人でいるのがますます辛くなって行ったんだ。でも一つよかったことは、妥協せずにやりたいことをやったおかげで、年を経るごとに、すべて間違っている、とか、自分が悪い、という自責の念がだんだん軽減して、自分を好きになることができたんだ。フランスに来るまでずっと愛していた彼のおかげも大きかったね。見返りを求めずに、その人のために死ねるという気持ちが自分の本質だと実感したので、そんな自分を信頼できるようになったんだ。分かるかな? 人間にはそういう性質があることが分かったからだ。少なくとも、世界に一人はいるわけでしょう。悲しかったんだけど、美しいとも思ったんだ。でもね、パートナーが欲しいという望みが最後に残ったんだ。ほんのつかの間のことであってもね。もちろん性的な意味も含めてだよ。もしフランスの大学に行くことができたら、パートナーを見つけよう、先のことは分からないけれど、きっとその人と人生を楽しもう、と決心したんだ。フランス語は大して分からなかったんだけど、あなたの母校から入学許可をもらえてね。まるで魔法みたいだったよ。すべての条件が整って、パリに来ることができたんだ。

 それで・・・俺を見つけたと言いたいわけ?

あなたには敵わないね、ラファエル。まさにそういうことなんだ。教室で初めてあなたを見かけたとき、この学校では珍しいスポーツマンタイプだな、いい匂いがするな、と思ったんだけど、とても地味な印象だったんだ。だから、次にあなたと正面から向かい合ったときには、あなたがあまりに端整なので、倒れそうになったぐらいだ。あなたが僕に挨拶してくれて、握手を求めてくれるようになったのは、僕には不思議だったんだ。今思えば、それが単にフランスのマナーだと分かるんだけど、そのときの僕には、あなたはちょっと変わった子に映っていたんだ。どういう意味かといぶかしく思ってね。妙な感覚があって、僕は突然、16歳のときに見た夢を思い出したんだ。一番混乱していた時期のね。その夢の中では、僕は屋根裏部屋にいて、小さな男の子と一緒なんだ。その子は、僕が14歳のときにできた息子という設定なんだ。もちろん現実にはあり得ない話なんだけど、何だか生々しい現実感があって、その印象が心に焼き付いていたんだ。ちょうど同じ頃、白人の青年の後ろ姿に、羽が生えているイラストを描いて、自分の部屋の壁に貼っていたんだ。なで肩の天使だよ。なんでそんなイラストを描いたのかはもう思い出せないけど、その絵の印象はよく記憶していたんだ。実際、夢で見たのはあなたのことだったと、今は分かるんだけどね。あなたのことを、まるで自分の子供のように感じてしまって、困ったんだ。でもあなたのことは、父親が息子を見るような気持ちだけではなくて、大人の男性として好きになったんだ。一回り以上も年下のあなたに心惹かれるなんて、僕は混乱してよく泣いたものだ。それまでになかったくらい感情的になって、あなたのことを思うだけで涙が出たんだ。でもそれは甘美な涙だったんだ。長い間、どんなに泣きたくても泣けなかったんだからね。あなたに出会えたことへの感謝の涙だったんだ。長いこと片思いしていた彼のことでは、常に葛藤が絶えなかった。僕は彼のことについて、繰り返し繰り返し自問していたんだ。「彼は僕の運命の人なのか」とね。自分の魂の望みは、直感のようなものを通して知ることができる、と教わっていたから、彼についても直感を得ようと試みていたのね。すると、「彼ではない。彼は僕に、他に好きな人を見つけることを望んでいる」と、ふっと感じるわけなんだ。でも、初めて出会ったときの深遠な印象や、とても強い感情があるので、結局、そういう直感を信じたくなかったんだ。それに、本当はああなんじゃないか、こうなんじゃないか、という頭の推測が入るでしょう。だから、直感が正しいのか、感情が正しいのか、知的に推論した結果が一番正確なのか、最後までまったく分からなかったんだ。彼は僕のことを何とも思っていないということを、僕は信じたくなかっただけだから、しょうがないんだけどね。でも、あなたと出会ったら、彼のことは、まるで嘘みたいにどうでもよくなってしまったんだ。そんな自分の心境の変化にも驚いたよ。それまでは、どんなに頑張ってみても忘れることができなかったからね。あなたのことは、もう一人の自分みたいに感じたことはなかったよ。あなたのことは、人間として心から尊敬していたよ。やっぱり、あなたはエリートで、僕は身の丈に合わない高望みをしていると思ったよ。あなたが同性愛者なんじゃないかと疑っていたことをどうか許して欲しい。でも、始めから諦めていたんだ。僕は、自分があなたに値する人間だとは一度も思ったことがなかったよ。あなたを崇拝していたんだ。

 持ち上げ過ぎだよ。

学校の図書館の中で、僕があなたの名前を尋ねたときのことを覚えているかい。ほんの少しの間でも、あなたと言葉を交わせたことが嬉しかったよ。僕は、あなたの思わしげな表情や、声や、手の感触を今でも忘れていないんだ。それで、年甲斐もなくあなたのことを愛していた僕は、自分の魂に、あなたのことを尋ねたんだ。すると、「僕がずっと探していたのはこの子だ」と確かに感じたんだ。今度は、直感さえも自分の願望によって歪められてしまったか、と結局その感覚を信じられなかったんだ。「とうとう本格的に、頭がおかしくなって、直感も信頼できなくなってしまった」と思ったわけなんだ。だって、あなたは僕に関心があるような態度じゃなかったし、直感を裏付けるような状況証拠は一つもなかったんだからね。そうなって来ると、いよいよ何を信じたらいいのか、まったく分からなくなってしまった。僕は心の中に、自分だけの現実を作り上げているような感じだった。あっという間に夏休みが近づいて、学生ビザの有効期限は一年だったから、ビザが更新できなければ、日本に帰ることになり、あなたとは二度と会えないかも知れないという事態になった。だから僕は、あの手紙をあなたに手渡したんだ。あなたは返事をくれなかったから、あなたがどう思ったのかは僕には分からない。でもまだそれで終わりじゃなかったね。ありがたいことにビザが更新できて、もう一年パリにいられることになった。2011年9月に、あなたと再会することができたんだ。あなたが何事もないような顔をするもんだから、あなたは本当に大人だなぁと感心したんだ。

 校舎の前で会ったね。君がおどおどしていたから、何も言えなかっただけだよ。

あなたを目の前にすると緊張で体が痺れるほどだったんだ。あなたにまた会えたのは、純粋に嬉しかったんだけど、結局は遅かれ早かれ、僕は日本に帰り、それっきり会えないと分かっていたので、辛くもあった。一目でいいからあなたの顔が見たいという気持ちと、もう会いたくない、会わなくていいという気持ちと、両面あったんだ。喜びの涙と、身を裂かれるような辛さが、交互にやって来るような日々を過ごしていたよ。あなたがよそよそしくなって行ったので、話し掛ける機会も失ってしまった。それから、何事にも終わりがあるように、僕の人生にも突然の終わりがやって来た。二年目の夏に、僕は自分の部屋で倒れて、そのまま死んでしまったんだ。活力が尽き果てて木が枯れるように、あるいは潮がすーっと引くように、死というのは時宜を得て自然に起こるものだ。恐れることはないんだ、ラファエル。人生の終わりの時期には、日本人の友達が何人かいたんだけど、パリには知り合いと呼べる人もいないという状況だったから、電話が来ないことを不審に思った両親が大家さんに連絡したんだ。

 そうだったんだ。残念だよ。

あなたを愛したことで、僕の望みは成就したんだ。困難な点も多かった人生だけど、最後の一年間は、僕は本当に幸せだったんだ。と言うのも、僕は得体の知れない恐怖を遂に乗り越えることができたからなんだ。どういうことが起きたのか、あなたに話しておきたいんだ。これをあなたに伝えることが、僕にとっては重要なんだ。

 分かったよ。話を聞くよ。

僕にはね、何が本当の自分なのか分からない、という感覚があったんだ。そうだね、その自覚が顕著になって来たのは、やっぱり14歳くらいのときだったろうか。自分の意識の中にいろんな要素が混在しているのが分かったので、僕は混乱したんだ。病理的な多重人格のように、個々の要素が分離していることはなかったんだけれどね。それは主に、夜寝ている間に見る夢が、三次元の現実とはまったく関係のない内容だったり、奇想天外で、生々しい恐怖を伴うものだったので、通常の現実生活に集中することが難しかったからなんだ。僕は長いこと、夜寝ている間に、バラバラになった魂の断片を拾い集める作業を続けていたと言える。それも一生の間ね。現時点であなたがこれを理解するのは難しいだろうとは思うんだけど、そういう現象があることを、あなたに知っておいて欲しいんだ。これは前置きだよ。得体の知れない恐怖はかなり小さい頃から体験していたわけだけど、それが性の嫌悪に結び付いていることがハッキリして来たのは、やはり14歳くらいだったと思う。心理学的には自我の発達過程に関係しているんだけど、それだけじゃなくて、明らかにエネルギー的な理由でもあるんだ。ちょっと複雑な話かも知れないけどね。脳下垂体によってコントロールされている内分泌腺に、過去の感情が蓄積されているんだけど、性腺は思春期になってから初めて活性化するわけでしょう。性腺に蓄積されている情報がエネルギー的に活性化すると、体内のムードや、普段のベースになる気分が変わるんだ。14歳から16歳くらいの間に、性格が大きく変化することがあるのは、そのためなんだ。僕の場合、性腺と骨盤に膨大なトラウマが蓄積されていたことが、あらゆる困難の原因だったんだ。この人生では、性的な虐待を受けたことは一度もなかったんだけど、いわゆる過去世にいろんなことがあって、そのトラウマを持ち越していたわけなんだ。つまり、過去世で女性だったことがあって、その人生で、男性に陵辱されたことがあるんだ。別の過去世では逆に男性で、女性を暴行したこともある。ある時期そういうサイクルに陥ったんだ。女性が辱められると、その女性は自分を無価値だと感じるようになるものなんだ。その傷は深くて、加害者の男性への恐怖や、抑圧された怒りがとても大きいので、心理学的に扱うのがとても困難なんだ。これを「女性性の傷」と呼ぶことにしようね。余談だけれど、女性性の傷と、月の周期と、狂気は相互に関連しているんだ。狼女ではないけれどね。女性性の傷について、僕が初めて学んだのは、2006年に参加したセミナーでだったんだけど、恥ずかしいことに、そのときは自分に関係のある知識とはまったく気づかなかったんだ。でも、このときに学んだ知識が、最後の一年で大いに役に立つ結果になったんだ。

 どんなことを学んだの?

うん、性的なトラウマを抱えている女性というのは、自分が汚れているように感じたり、自分には何の価値もないと感じたりするものなんだ。それにね、身体感覚の麻痺があったり、人に体を触られることを恐れることがあるんだ。これは一般的な傾向で、必ずそうというわけではないのかも知れない。でも、僕には完全に当て嵌まっていたんだ。それでね、どうすればいいのかと言うと、自分の体に優しく触れるということから始めるんだ。トラウマを何とかしようとして、退行催眠や自己暗示でどうこうしようと試みても、あんまりうまく行かないんだ。自分の体に優しく触れる、そして深呼吸。ものすごく単純な方法なんだけど、本当に効果があるんだ、ラファエル。この方法を教えてくれたのは、2005年に最初に行った学校とは別のグループなんだけど、このアメリカのグループとは、最後の一年間に深く関わったんだ。僕が本当に必要としていた知識に関しては、苦もなく見つけられた恵まれた人生だったんだ。人間という意味では、直接の先生は持たなかったんだけど、僕は素晴らしい本との出会いに恵まれたんだ。とりわけ印象深かったのは、ジェーン・ロバーツというアメリカの作家が書いた本だよ。セスという存在をチャネルするという形で口述された内容で、信念体系についての多面的な議論がし尽くされているんだ。かなり有名な作品なんだけど、僕が生きている間には日本語訳があんまりなかったので、英語の知識が大いに役に立ったんだ。最も深いところにある信念が、人生を動かして行くものだ、とちょっと話したね。この本の中では、まず自分が意識しないでいる考え方のクセに気づくこと、それから、その傾向を自分が望む方向に変える方法を指南しているんだ。当たり前のこととして受け入れている信念を変えるのが一番難しいんだけど、自分が日常的に考えている内容を意識することが、悟りとか光明以前のすべての基本になるんだ。

 何となく分かるよ。

悟りとか光明自体は、思考の操作とは関係のない、明らかにエネルギー的な現象なんだけど、この話はもうちょっと後に回そう。セスが教えている、信念を変える方法について、ここで説明しておこうね。例えば、中年になるまで一度も、誰ともデートしたことがない人がいるとしよう。まあ、僕のことだったんだけどね。その原因はいろいろ考えられるけど、何らかの理由で、自分は誰かと親密な関係を持つ価値のない人間だ、と固く信じ込んでいるとしよう。この人が、いきなりパートナーをゲットするのは、かなり難しいんだ。お見合いでもしない限りね。普通は、いきなり劇的な変化を望むんじゃなくて、いくつかのステップを踏む必要があるんだ。まずは、例えば「興味のある相手に気さくに話しかけてみる」というような小さな変化である必要がある。そのくらいの変化だったら、その人も受け入れられるかも知れないでしょう。いきなりデートということじゃなくてね。比較的小さな目標を立てるわけだ。そしたら、自分がすでに、興味のある相手には、積極的に話しかける人間であるのを想像するんだ。これは自分を騙すとか、まだ現実になっていないことを無理矢理信じ込む、ということではなく、そういうフリをすればいいんだ。5分とか10分とか、比較的短い時間、リラックスしながらも集中して、そういう自分を想像する。あまり長い時間続けてはいけないんだ。そしたら今度は、その自分がいかにもやりそうな、小さな行動を一つするんだ。例えば、見知らぬ人に微笑みかけるとかね。それを毎日続けるわけだ。ちょっとの間想像すること、そして小さな行動を一つ。そしたら、興味のある人に気軽に話しかけられる自分に、いつの間にかなっている、という道理なんだ。そしたら今度は、例えば「興味のある人と一緒に、お昼のサンドイッチを食べに行く」という目標に移る。それも現実になったら今度は、いよいよ「好きな人と一緒に美術館に行く」という目標を立てる。根深くて頑固な信念というものは、そんな風にして、急がず焦らず、段階的に変えて行く必要があるんだ。なぜなら、根本的な信念を変えるには、新しい経験を少しずつ積み重ねることが絶対に必要になるからね。その信念に結び付いている過去の経験が多ければ多いほど、過去の考え方に引き戻そうとする原動力が強いからだ。あなたはフランスの教育を受けているから、この方法は理解しやすいんじゃないかな。

 そうだね。すごく実践的だと思うよ。

病気ということについても、セスは語っているんだ。僕はかなり小さい頃から、人はなぜ病気にならなければいけないんだろう、もしランダムに、統計的な確率で誰もが病気になり得るんだとしたら、それはとても怖いことだ、と思っていたんだ。セスは、すべての病気は抑圧された感情から起こる、と断言している。単純に言えば、抑圧された憎しみや自己嫌悪といった類いの感情だね。もちろん、今の医学的見地からはかけ離れた哲学だとは言える。でもそれが事実だとしたら、感情は信念から派生するので、自分が持っている信念を変える方法は、医学的にも応用できる可能性があるんだ。要するに、普段考えていること、信念、繰り返し起こっている感情に、重要性があるということだ。潜在意識とか無意識とか、手の届かないところにある不思議な何かではなく、普段考えている内容こそが、現実を作るとセスは言っている。ただ、ちょっとばかり野放しにしているだけだとね。自分が考えていることに、自分で気づいていないなんて、おかしく聞こえるかも知れないけど、人間には本当にそういう傾向があるんだ。地球では、一般的に、自分が考えている内容を吟味するようには教育されないでしょう? 僕はこういう知識が、家庭で教えられる時代が来ると思う。少なくとも、僕には意義のあることなんだ。さて、女性性の傷の話に戻ろう。僕が最後の一年で成し遂げたことは、ズバリ「自分を愛する」ということだったんだ。僕がパートナーを持つことを心から望んでいたにも関わらず、それが叶わなかった理由は、一言で言えば、自分を愛していなかったからなんだ。やりたいことをやって、何一つ後悔がない恵まれた人生だったんだけど、最後に一つの問題に集約されたわけだ。ゲイの人々が性的なアイデンティティに固執する傾向があるのを、あなたは不思議に思っているかも知れない。でも、ある問題が性に結び付いているとき、それはセックスだけのことではなく、魂にとって本当に重要な課題である可能性があるんだ。これは、あなたにとってはあまり重要性のない知識かも知れないんだけど、原因が何であれ、自分に自信がない、自分を無価値だと感じる、何をしても間違いだと感じる、自分を疑う、こういう状態が慢性化すると、精神にアンバランスが生まれるんだ。植物の腐った根っこを食べて分解する虫や微生物がいるのとまったく同じように、エネルギーの不均衡を分解する非物質の虫や微生物が存在するんだ。信じなくても構わないけれどね。人間の精神にウイルスや寄生虫が住み着くことがあるんだ。僕の場合、「自分は生きていてはいけない」という一つの深い実感が、尾てい骨の辺りに傷を作って、そこがウイルスや寄生虫の温床になっていたんだ。その一方で、僕の魂は、生きることの収穫を肯定したがっていたんだ。あなたが飼っている猫を見ていると分かるように、野生の動物は自信に溢れているでしょう? 直感的な自然への信頼と言うか、自分を自然に委ねているよね。人間は、博士号を持っていて、会社を3つ興し、銀行預金がいくらあって、と自分は何かが「できる」という理由を付けて、自信がある、と言うでしょう。でも、それは本当の自信ではなく、遅かれ早かれ確実に失われるものだ。何であれ、理由をつける必要なく、自分を完全に信頼することだけが、本物の自信なんだ。普通は、学校を落第したり、仕事をクビになったり、奥さんに逃げられたりしたら、自信をなくすじゃない? でも、そんな何かが「できない」自分も含めて、何一つ例外なく信頼することが、自分を愛するということなんだ。

 それじゃ、借金に追われて路上生活をしてる人や、法律上の罪を犯して刑務所に入ってる人は、そんな自分を信じろってこと?

まさしくその通りなんだ。これは、何をやっても構わない、とか、過去のことは忘れてしまえばいい、ということではないんだ。事実はまったく逆で、何一つ忘れようとしたり、潜在意識の片隅に追いやろうとすることなく、すべてを貴重な経験として受け入れる、認めるということだよ。これは現状に甘んじるべきだ、という意味じゃない。人間は、いいとか悪いとか判断することなしに、自分の体験を受け入れて初めて、そこから何かを学んで成長することができるんだ。言い換えれば、体験を受け入れれば、二度と同じ体験を創造することはなくなるんだ。だから、もし本当に自分を愛しているなら、あなたが考えるような悪い人間になることは絶対にあり得ないんだ。自分を愛することは、自分勝手になることとは違う。人間は、強くなるよりも、弱いままでいる方が困難だよね。自分の弱さをも受け入れて初めて、本当に人に寛容になれるんだ。極端に言ってしまえば、自分を愛するようになるまでは、どんなに親切に見える行動も、自分勝手な偽善にしかならないんだ。あなたはどう思う?

 うーん・・・哲学としてはその通りかも知れないんだけど、現実に家庭があって実生活を営んでる身としては、そんな風じゃ社会に適応できなくなるよ。

まったくあなたの言う通りだよ。自分の過去をすべて受け入れるとなると、社会的な達成の意味もまったく変わってしまうからね。成功という尺度を持つ必要がなくなってしまうんだから。人間社会はそもそも、何かを達成するという目標に基づいて成り立っているわけでしょう。でも、目標を持っていたら、「今に生きる」ことは決してできないんだ、ラファエル。さて、僕の場合、悪夢やいろんな恐怖体験は、精神を浸食しているウイルスや寄生虫による、病気の症状だったんだ。僕には、ついにそれを理解できたことが、すごく大事な達成だったんだ。だって、病気の原因は自分にあったと仮定しても、病気の症状自体は自分のせいではないんだからね。例えば、僕がどんな内容の悪夢を見たとしても、それを解釈しようとしたり、退行催眠で原因を探ろうとしたり、何らかのスピリチュアルな手法で解決しようとしたりすることは、この場合はまったくの無駄になってしまうんだ。病気の症状と、自分の問題は別なわけだからね。必要なのは、自分を愛することだけだったんだ。自分を疑うことを二度としなくなったとき、ウイルスや寄生虫は自然に死滅するんだ。でも、あなたの言う通り、難しいことだよ。自分を愛することを決心したら、隠れていたあらゆる疑念や過去の感情が、次々に浮上して来るんだからね。僕が最後まで孤独に生きていたのは、詰まるところ、そうである必要があったからなんだ。パートナーを持ちたいという願望よりも、このプロセスに人を巻き込みたくないという信念の方が勝ったんだ。二つの矛盾する信念がある場合、単純に、強い方の信念が現実になるんだ。僕は社会常識とか、人間の集合意識のようなものをあんまり受け入れなかったから、ごく当たり前のことを現実にするのが難しい、という傾向もあったんだ。あなたもある程度、同じかも知れないね。

 ねえ、すべてを受け入れるとなると、自分の何を信じればいいの?

あなたは本当に深く洞察するね。何がどうだから、自分を愛するということじゃないからね。理屈じゃないんだ。自分に価値を見出そうとか、「そのうちいいことあるさ」と偽の希望を持つということではないんだ。だから、自分の体に優しく触れるという方法が、ここで役に立つんだ。相手の間違いを指摘したり、自分の意見で相手を正そうとするのではなくて、相手のすべてをただ受け入れて、何も言わずに一緒にいること、それから優しく抱きしめることが、人間にとっての愛だ、と僕は思うんだ。その愛を自分に向けるということだよ。どこか遠いところにある、神の超常的な愛ではなくて、あくまで人間としての愛なんだ。頭、肩、背中、腕、腰、足、深呼吸をしながら体の各部分に優しく触れて、その部位を感じる。そこにある感情も含めてね。僕には自分の体を感じるのが難しかったんだ。膨大なトラウマがあったからね。どうこうしようというんじゃなくて、ただ感じる、認めるということだよ。呼吸によって、魂を体の中へ呼び込むんだ。それが自分への愛だよ。その愛が完全になったとき、僕の意識は頭のてっぺんから外に出て、人間の観点から言うと、そのまま死んでしまったんだ。僕が魂そのものになったとき、思い出したのはあなたのことだったよ。こちら側の世界から、あなたをサポートするときが来たと分かったんだ。それで僕は地球を去ったんだ。魂という言葉は、あなたにはピンと来ないかも知れないんだけど、僕が言っているのは、単純に、自我が発達する前からある意識のことなんだ。さて、僕がここでどんな仕事をしているのか、最後にあなたに説明しようね。

 うん・・・

「あいのほし」というのは、僕が自分で付けた名前じゃないんだ。それは図書館の名称なんだ。天使は固有の名前を持つ必要がないから、僕には名前がないとも言えるけど、あなたに話し掛けるために、とりあえずこの言葉を使っただけなんだ。この図書館は、地球に初めて生まれる予定を立てている魂が、学習のために来る場所なんだ。学校みたいなところとも言える。地球の歴史、科学、経済、言語、芸術、あらゆる分野についてのホログラム状の本があって、みんな各自で自習するという形態なんだ。教師のような人はいなくて、相談に乗るアドバイザーがいるだけだよ。笑わないで欲しいんだけど、僕は一応、愛についてのアドバイザーをしているんだ。人間の愛よりも深い愛は、こちらの世界にはまったく存在しないんだ。だから、その愛を体験したくて、これから初めて、地球に生まれる計画を立てている魂が大勢いるんだ。あなたもそうだったんだよ。あなたが地球に生まれたのは、今回が初めてなんだ。あなたが人間社会を理解するのにそんなに苦労を感じているのは、それが大きな理由なんだ。これまでの時代は、あらゆる文明の根底に、人間経験の究極の到達点として、悟りや光明という現象が取り沙汰されて来たことに、そのうちあなたは気づくかも知れない。キリスト教神秘主義、密教、スーフィズム、タオイズム、カバラ、クンダリーニ・ヨガ、伝統的な宗教の背後にある神秘思想は全部そうだ。ニューエイジもそう。基本的に、これまでの神秘思想には、生きることの苦しみから逃れたいという前提があったんだ。苦しみを生み出すのは人間の自我なので、自我を放棄する、あるいは完全に消滅させるという方法が説かれていたんだ。これらはすべて自我の否定性に立脚したものだ。カタリ派や原始仏教のように、存在の完全否定を悟りへの通路に使った人たちもいる。20世紀末の日本には、完全否定による光明を徹底して論じたEOという神秘家がいたんだ。あるいは、極端な肉体のコントロール、または極端な精神の集中を必要とする体系がある。家族も財産も全部捨てて出家、禁欲、修道生活、どれもこれも極端な方法ばかりなんだ。自我があらゆる苦しみの原因である、というのは一つの事実ではある。野生の動物は、人間のような自我は持っていない。もし自我を捨てられたら、あとに残るのは全面的な信頼だけなんだ。これまで光明に至った多くの人たちに起きたのは、これだよ。自我が消滅したら、人間としての旅は、確かにそこで終わるんだ。何かを創造することも、体験から感情を得ることもなくなる。なぜなら、何かをしよう、という意志そのものがなくなるからなんだ。ある意味、動植物に似た状態と言うこともできる。ただいるだけで満足、という世界なんだ。でもね、これまでの教えの中では、自分を愛するということが説かれたことは、まったくと言っていいほどなかったんだ。一つには、それがほぼ不可能だったからということもある。でもこれからは、この方法が可能だと僕たちは考えているんだ。自分を完全に愛するとき、起きるのがエネルギー的な現象だという点については、悟りや光明に似てはいるけれど、同じではないんだ。自我を消滅させる必要はまるでないんだから。自分を完全に信頼するというのは、現実をありのままに受け入れるとか、努力を放棄するという意味ではないんだ。あなたには極端にナイーブに聞こえると思うんだけど・・・自分の魂が、あらゆる解決策をすでに用意していること、未来は約束されていることを、全面的に信頼するということなんだ。人間は自分一人の努力じゃなくて、お互いに支え合って生きて行くのだから、実のところ、信頼するというのは最も自然なことだ。知性にとっては、何の根拠もないものを信頼するのは、馬鹿げたことに見えるよね。フランスでは論理的に考えるように訓練されるから、なおさら難しいでしょう。でもね、あなたの奥さんへの信頼だって、言ってみれば根拠のないものでしょう? でもそれは揺るぎないはずだよ。家族を営むことによって、愛を体験することが、自分を愛することの土台を作るんだ。ただ、最後の飛躍をするには途方もない大胆さが必要だけどね。何がどうであれ、自分を幸せにする責任は自分にある、という完全無欠な態度が必要になるんだ。でもね、これまでは、ごく一部のエリートだけに限られていた光明よりも、もっと偉大な何かを、これからは、ごく普通の人たちこそが先に達成することになるんだ。

 俺がこれまでに聞いて来た話とあまりにもかけ離れているから、ついて行くのが大変だよ。

問題は、その方法でうまく行くのかだよね。そう、うまく行くんだ。もし受け入れるなら、それはごく自然に起こることなんだよ、ラファエル。僕の話はこれでおしまい。聞いてくれてどうもありがとう。目が覚めたら、あなたが覚えているのは、奇妙な東洋人に会ったということと、このアパルトマンの印象くらいかも知れない。別にそれで構わないんだ。僕はこの場所で、あなたとあなたの家族をサポートする役割を引き受けているんだ。と言っても、あなたの人生に介入することはできなくて、ただエネルギーのバランスを取ることくらいなんだけどね。あなたの二人の男の子も、今回初めて地球に生まれた天使なんだ。彼らを偉大な運命が待っているので、こちら側からの助けが必要なんだ。現実生活とのバランスを取りながら、あなたが情熱を感じることは何でもやってごらんなさい。それこそが地球で生きることの美しさなんだ。信頼するなら、必要な資源は向こうからやって来るでしょう。僕があなたをここへ呼んだ理由は、もう言わなくても分かるでしょう?

 その話はもういいよ。

あなたが地球に生まれる直前までは、ずっと長い間、あなたが僕の担当の天使だったんだよ。今は立場が逆になっただけなんだ。何も心配しないでいい。大丈夫、すべてうまく行くよ。


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