夢と方法

夢という言葉を私たちがどういう意味で使っているのか考えてみますと、要するに自分の好きな職業に就く自由と、自分の好きなパートナーと結婚する自由ということじゃなかったかと思うんです。自分の好きな場所に住む自由、場合によっては外国に移り住む自由ということも考えられますが、これは二義的だと思います。人間の歴史の中で、たったこれだけの自由が未だに得られないのが現実ではないでしょうか。何らかの理由で自由が得られない状況下では、何か奇跡的なことが起こると妄想するようになる、という心理現象があるそうです。つまり夢はあっても方法がない場合にです。これはまさにスピリチュアル業界の現状にもよく当て嵌まるのではないでしょうか。理想の恋人をゲットするとか、楽して金持ちなるといった夢があり、それを叶える方法というのが、何であれ奇跡的なことが起きることをひたすら期待するような内容だったりします。個人的にけっこう恐ろしいことだと思っています。絶対にそうだとは言いませんが、一歩一歩着実に積み重ねて行くような方法なしでは、すべてが一気に解決するに違いないという妄想状態が長く続くことになってしまいます。悟りとか光明というのは全然別次元の話ですが、私たちの実人生に関わることは、小さな達成を一つ一つ味わって行くような具体的な方法が、当たり前の話ですが絶対に必要なはずです。願望実現に関する教えを聞く時には、夢と具体的な方法が必ずセットになっているかどうかに注意する現実感覚を忘れないようにしたいものです。